ラジオパーソナリティーつボイノリオ(77)が11日放送のCBCラジオ「つボイノリオの聞けば聞くほど」(月~金曜午前9時)に出演。名古屋を中心に活躍したディレクターで作家の加藤吉次郎さんの死去を伝え、思い出について語った。79歳だった。
番組では、リスナーから加藤さんの訃報(ふほう)に言及するメッセージが寄せられ、加藤さんが、今では当たり前となった「音楽に合わせて花火を上げる」という企画を初めて実施したことなど、先見の明があったことなどが語られた。
つボイは、夏休み中に人間ドックを受診していた日に訃報の連絡があり、遅れながら通夜に駆けつけたことを明かした。
そこで参列者に配られた遺族からのメッセージも紹介。後年作家としても活躍した加藤さんについて「とにかく伝えたいことが尽きず、家族が見守る中でも最後までペンと紙を求めていました」「仕事をして、マラソンを走って、本も書いて、あちこち旅行も行って、何ともいっぱい楽しんだ人生だったねと話し合いました」などとつづられていた。
つボイは「その通りやなという気がいたします。私が入った頃のディレクターさんって、いろんな名物ディレクターみたいな人がずいぶんいましたけど、その中で吉次郎さんは、一番若手のディレクターでした。あの当時若手だっただけに、誰も持っていないようなディレクターの感性を持っていって、いろんな番組作りをしたという印象」と述べる。
また、加藤さんが上岡龍太郎さんに弟子入りをしたことにも触れ、「それだけほれ込んでいたでしょうね。放送以外にもいろんな企画をして、芝居をやってもらったり、いろんなイベントをやったり…」と回顧。「上岡さんのいろんな可能性を見出した方」と語った。
さらに「私も『燃えよドラゴンズ』でも歌わせいただいた。日本一バージョン。これも吉次郎さんが『歌ってみれば』って…」と思い出にも言及。
吉次郎さんが、がんを患ってから「20年間ずっと生きておられた」とし、余命宣告を受けながらも、前向きに治療を続けていたことも回想すると、「いろんな思い出をたくさんいただきました、吉次郎さんでありました」と悼んだ。
加藤さんは滋賀県出身で、CBCに入社後ラジオ番組のディレクターなどを務め、1974年にはプロ野球・中日ドラゴンズの応援歌「燃えよドラゴンズ」をプロデュース。1980年代にはCBCテレビのバラエティー番組「ぱろぱろエブリデイ」のチーフディレクターを務めた。
ラジオ番組「ばつぐんジョッキー」のパーソナリティーを担当していた上岡さんと親交が深く、番組の構成や独演会の演出などブレーンを務め、95年には上岡さんに弟子入り。「弟子吉次郎」を名乗り、上岡さんとの共著も出版するなど親しく交流していた。