不発だった1983年(昭58)デビューの“お神セブン”が22日、東京・北千住のシアター1010で「83年組アイドルアラ!?還ライブ」を昼夕2回公演で開催する。松本明子(60)、森尾由美(60)、小林千絵(62)、桑田靖子(58)、大沢逸美(60)、木元ゆうこ(59)が3年ぶり3度目の結集。80年代アイドルの華やかな歴史の陰で、それぞれの道を歩んできた6人が、再びステージに立つ。松本に、43年の歩みと今回のライブへの思いを聞いた。【小谷野俊哉】
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3年ぶり3度目の「お神セブン」の結集だ。
「デビューから43年になります。35周年、40周年とやってきて、次は45周年のはずだったんです。でも、あと2年が待てない。もう何があるか分からないじゃないですか。私も骨折したりしましたし(笑い)。早いことやろう、やらなきゃとなりました。今年は私と森尾由美ちゃん、大沢逸美ちゃんが還暦、60歳ですからね」
“不作の83年組”と呼ばれた。
「『アイドル不作の年』って呼ばれたんですよね。私たちの1年先輩が、いわゆる“花の82年組”。中森明菜ちゃん、キョンキョン(小泉今日子)、早見優ちゃん、堀ちえみちゃん、三田寛子ちゃん……。ものすごい勢いでした。そんな中で、35周年の前に本当に偶然に神がかり的な再会がありまして。そこからは食事をしたり、楽しく過ごしています。もう家族みたいです。みんな、あまり売れていなかったから仲良くて(笑い)。小林千絵ちゃんとは、バラエティーの現場でしょっちゅう会っていて、ずっと縁がありますね」
松本は今年4月2日に自宅前で転倒して「左足関節脱臼骨折」の重傷を負った。ボルト12本と金属プレートを入れる手術を受け、約1カ月の入院生活。入院中の4月8日に60歳、還暦の誕生日を迎えた。
「骨折した時は本当にパニック状態になりました。病院に行く時に『まずお神セブンのみんなに知らせてほしい』と思って、連絡網として小林千絵ちゃんにLINEしたんです。千絵ちゃんからみんなにつながって。千絵ちゃんは手術明けの日にお見舞いに来てくれたんですけど、まだ麻酔がかなり効いていたんですけで意外と元気でした(笑い)。お見舞いの高級温泉水、おいしゅうございました。『この年でこんなケガをしてしまった』っていう感じでしたけど、みんな心配してくれた。そういうところも、家族みたいだなと」
「83年組 アラ還ライブ」は全て自主管理、手作りのライブだ。
「全部、自分たちの自主管理、手作りです。物販ものTシャツを作ったりね。コントは千絵ちゃんが脚本を書いて、予算の管理は森尾由美ちゃん。ノートに全部書き込んでくれているんですけど、時々、すごく落ち込んでいます(笑い)。みんな、バラバラのプロダクションに所属していますが『どうぞ、どうぞ、ご自分たちでどうぞ』って(笑い)。だから、いろんなものを100円ショップで買ったり、物販も余ったら大変ですから、かなり綿密にやっています。自分たちでライブを作っていくのも楽しいです」
当時、不発に終わったアイドルを応援してくれたファンもライブに集まる。
「当時の親衛隊を全国で探しました。私には親衛隊が、ちゃんと1人いるから安心です。松本親衛隊から連絡が来て『森尾由美ちゃんの親衛隊を発見しました』って(笑い)。捜索して見つかって、シアター1010に乗り込んでくる予定です。ファンの方には、恥ずかしがらずに集まってほしいですね。『俺らが応援しないと誰が応援するんですか、83年組』って。ありがたいですよ、本当に」
松本は1982年(昭57)に中学卒業と同時に香川県の高松市から上京。同年に日本テレビ「スター誕生!」の決戦大会で合格。老舗の渡辺プロ(現ワタナベエンターテインメント)にスカウトされて、翌83年5月にに「♂×♀×Kiss」でアイドル歌手としてデビューした。
「私と千絵ちゃんはオーディション組なんです。由美ちゃんはスカウト。そこには温度差もありました。 私たちは『もう、どうにかしてオーディションに受からないとデビューできない』という気持ちでしたから。千絵ちゃんもですが、私も『秀樹の妹オーディション』や『ホリプロタレントスカウトキャラバン』を受けていました。でも、受けては落ち、受けては落ち……。千絵ちゃんと同じ道をたどっていました。だから、デビューできた時は本当にうれしかったです」
老舗の大手プロから、大きな期待を背負ってデビュー。だが、売れなかった。翌84年4月にフジテレビ「オールナイトフジ」で、放送禁止用語の四文字を叫んで干された。
「今回のライブでは、改めて『なぜ83年組は売れなかったのか』を、自分たちで検証しようと思っています。前の年にデビューした82年組の勢いがすごすぎたんですよ。私たちの年代の時には、日本テレビ音楽祭でデビュー2年目の歌手を対象にした『金の鳩賞』も該当者なしでしたから。なんでやねん、って(笑い)」
同じアイドルでも、その売れ具合で扱いが違った。
「水泳大会に出ても、アイドル格差がありましたよ。私たちだけ、歌う時もワイプで歌っているような扱いで、売れっ子は噴水のステージで歌っている。競泳で頑張っても『お前が勝って、どうすんねん』みたいな空気があったり(笑い)。今だから笑って話せますけど、当時は必死でした」
その必死さは、今でも変わらない。
「この前、千絵ちゃんとアポなしで新橋に行ったんです。『チケットがもっと売れるように頑張らないかん』って。夜に待ち合わせして、チラシを持って、お客さんにマイクでマイクパフォーマンス(笑い)。ブロマイドで有名な浅草のマルベル堂にもアポなしで行って、ライブのチラシを置いてきました。大歓迎してくださって。ありがたかったです。43年たって、また自分たちでチラシを持って走り回るとは思いませんでした。でも、そういうことも含めて楽しいんですよね」
98年(令10)に俳優本宮泰風(54)と結婚。当時は、原田龍二(55)の弟で、6歳年下の若い俳優と結婚したと報じられた。無名だった本宮は、大ヒットオリジナルビデオ「日本統一」シリーズの主演兼プロデューサーとして大ブレークした。妻として支えている。“人生100年時代”。還暦になっても、まだ発展途上だ。
「由美ちゃんとは『100歳までロケに行こうね』って言っているんです。私はもう、仕事が健康法ですね。仕事して笑って、仕事で徘徊(はいかい)して(笑い)。こうやってみんなで集まれること自体が元気の源ですよね。43年たって、また6人でステージに立てる。こんなこと、なかなかないですよ。だから、45周年まで待たずに、今やる。今だからこそできる『アラ!?還ライブ』にしたいと思っています」
アイドルとして花は咲かなかったが、時を重ねて大きな実を結ぼうとしている。
◆松本明子(まつもと・あきこ)1966年(昭41)4月8日生まれ、香川・高松市出身。83年「♂×♀×Kiss(オス・メス・キッス)」でデビュー。89年(平元)からニッポン放送「ラジオビバリー昼ズ」。98年俳優・本宮泰風と結婚。152センチ。血液型A。