ココリコがコンビ名由来振り返る 拾った手帳に記された「待ち合わせ」に心奪われる

「とよなかアンバサダー」に就任したココリコの遠藤章造(左)と田中直樹

お笑いコンビ、ココリコの遠藤章造と田中直樹(ともに55)が、地元大阪府豊中市の初代アンバサダーに就任した。19日、都内で行われた「とよなかアンバサダー」就任式に出席。長内繁樹市長から任命状などを受け取った。2人は豊中市に生まれ、20歳で上京するまで豊中市で育った。豊中にまつわるエピソード、思い出話に話題が及ぶと、2人はともにコンビ名の由来となった「喫茶ココリコ」について語った。

先に話し始めたのは田中だった。冒頭あいさつで田中は「相方である遠藤さんと会ったのも、もちろん豊中。ココリコというコンビ名のきっかけになったのは『喫茶ココリコで待ち合わせ』という、拾ったシステム手帳の当日(の欄)に書かれていた内容、『喫茶ココリコ』という言葉がすごく気になって、今、ココリコというコンビを使わせてもらっています。それを拾ったのも豊中」と、聞き慣れない「ココリコ」という言葉に心を奪われたと振り返った。そのコンビ名が2人の原点であり、コンビが生まれたのが豊中市だと強調した。

実際に書かれていた「喫茶ココリコ」は、豊中市ではなく、大阪市の心斎橋にあったという。ただ田中は「同じ野球部で、帰り道も同じ方向だったので(遠藤と)一緒に歩いている時にシステム手帳が落ちていて拾ったんですよね。何気なしに、拾ったその日の日付を見たら『喫茶ココリコで待ち合わせ』って書いてあって、ココリコという音自体初めて聞いて『何やろ?』みたいな話をしていて、手帳を見たら持ち主の方の電話番号が書いてあったんで、公衆電話から持ち主の方に電話したんですよ。近所に住んでいる大学生か社会人か、ちょっと年上の方が『ありがとうございます』って取りに来られて。で、お返ししたら、その方から謝礼をいただいたんですよ、少し。それで、ココリコという音とか、謝礼をいただいて縁起が良いワードみたいなことで、コンビを組む時にすぐに『何かコンビ名付けなさい』と言われて、付けました」と、導かれるようにコンビ名が決まったと振り返った。

コンビが結成されたのも豊中市だった。遠藤は「天竺川っていうところで、僕の方から田中さんに『コンビ組んで東京いけへん?』っていうことを言ったんですよね。その場所は、そこから帰ってないですけど、そこに1回、行ってみたいなという気持ちは、めちゃくちゃ強くありますね」と、懐かしそうに話した。ただ、豊中市には通称「伊丹空港」の大阪国際空港がある。田中は「飛行機が、けっこう近くを飛んでいて、何を言っているか分からなかった」と、人生の分岐点となる遠藤の言葉が飛行機の音でかき消され、聞き直したと明かして笑いを誘っていた。