<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>
20年8月10日に78歳で亡くなった俳優渡哲也さんの七回忌を前にした今月、渡さんの言葉を集めた「渡哲也 自分に生きる120の言葉」が発売された。
生前のインタビューなどから、渡さんの言葉を集めたもので、少年期、青年期、俳優業、石原裕次郎さんや石原軍団との歩み、晩年の闘病、妻や子などを語っている。
どの言葉もシンプルだが、趣深く、言葉が語られた背景や情景を思い浮かべることができる。生き方に裏打ちされた言葉の数々で、うまいこと言おうとか、奇をてらったフレーズなどはない。
甘えん坊だった子供のころの自分を振り返った言葉や、息子に自身のがんを打ち明けた時のことを思い返した言葉など、想像でしかないが、まるで映像が浮かぶような、優しくて、切ないような言葉の数々だった。
記者にとって渡さんは、子供のころに見ていた「西部警察」の大門刑事だった。子供だったこともあって、この人はスターだという認識や概念を超えた、何というか「渡哲也」という存在だったような気がする。
記者として、石原プロモーションの新年会に出席する機会があった。宴たけなわという時間を過ぎ、ひとしきり落ち着いたころ、1人で空いたテーブルでちょっと休憩していると、渡さんが1人でひょいっと来て、目の前に座った。びっくりするというより、固まった。
渡さんはほんの少しほおをピンク色にして笑っていた。その前にはあいさつもし、取材もしたが、雰囲気がまるで違う。ぽつねんとしていた記者を気づかってか、渡さんは「楽しくやっていますか」と声をかけてくれ、「僕ね、渡哲也っていうんです。俳優をやってます。これでも結構、有名なんです」と笑った。こちらも思わず笑ってしまった。
自分にとって覚えている渡さんの言葉だ。取材の時に聞いた言葉もあるが、また別の表情を見たような気持ちになった。思い出すと胸がじんわり温かくなるような、渡さんの言葉だった。大事にしたい思い出となった。【小林千穂】