俳優の黒沢年雄(82)が30日、ブログを更新。俳優のギャラ事情について思いをつづった。
黒沢は「僕が芸能界に入ったのは1964年戦後20年も経たない戦争からの復興と高度成長時代の頃であった」と切り出し「娯楽の最先端が映画であり…大手の映画会社が、東宝,松竹、大映,東映,日活…5社…全て専属契約で他社には出演出来ない協定があった。その中でも東宝映画は別格のブランド…1964年の全国からのニューフェイスの応募の中から男では僕ひとりが選ばれた。三船敏郎の次が加山雄三…次に期待されたのが僕である…」と説明した。
続けて「当時の映画俳優…三船敏郎さんクラスで一作品現在に換算するとギャラは1億以上…僕でさえ一千万。しかし当時は、国の税制が厳しく高額所得者は70%取られた…国家公民の方々はそれを承知してるのか、ある程度の違反は大目にみてくれ、マスコミは映画俳優で稼いでいたのでゴシップはタブー,スターはある意味めちゃくちゃ軌道を外し謳歌した人間がいた…実は僕も(笑)…若かった…それを世間が当然のように大目に観ていたと思う…スターが凄い税金を払って国を支えていると暗黙に承知していたのだと思う…」と明かした。
続けて「今の芸能界はそうはいかない…何かあったら即阻害され追放される…それが現実だし平等だと思う。どちらが正しいのかの問題でない…状況や時代の流れで対応が違う…何事もこれだという答えはとても難しい。素晴らしい時代を過ごしてきた…感謝」と感謝を記した。