西川美和監督「わたしの知らない子どもたち」トロント映画祭上映、13歳小八重葵美英語あいさつ

トロント映画祭プラットフォーム部門のオープニング作品に選ばれ、上映に参加した西川美和監督(左)と小八重葵美

カナダで開催中の、トロント映画祭で唯一のコンペティション部門・プラットフォーム部門のオープニング作品に日本映画で初めて選ばれた、西川美和監督(52)5年ぶりの新作映画「わたしの知らない子どもたち」(10月16日公開)の公式上映が10日(日本時間11日)に行われた。

西川監督は、今作が初主演の小八重葵美(13)を伴い、登壇。16年に監督作「永い言い訳」20年にも前作「すばらしき世界」がスペシャル・プレゼンテーション部門に出品と、トロント映画祭とは縁が深いが、20年はコロナ禍でオンライン参加となり、現地入りは10年ぶり。「6年が経ち、ようやく新作を携えて、こうしてトロントに戻ってくることができました。本当に、うれしく思っています。この作品を選んでくださった映画祭の皆さんに、心から感謝申し上げます」と感慨深げにあいさつした。

自身、初の海外、そして国際映画祭への参加も初となった小八重は、初めて英語であいさつ。「Hello, I’m Ami I played Kotoko in this film. Thank you!(こんにちは、葵美です。この映画で琴子を演じました。ありがとうございます!)」と照れながらも、しっかりとあいさつでき、観客の心をつかんだ。

西川監督が企画を考え始めたのは、世界がコロナ禍からの回復という課題に向き合っていた20年春だった。その後、22年2月にはロシアによるウクライナ侵攻が始まり、世界各地で武力衝突が続く状況となった。同監督は「まるで世界が逆行しているように感じた。今、世界中で、この映画に登場する子どもたちと同じような境遇に置かれる子どもが増えています」と発言。「これ以上、どこであっても、子どもたちをこのような状況に置いてはならない。その思いを、この映画からのメッセージとして、皆さんの心に持ち帰っていただければと思います」と訴えた、そして、小八重が「素晴らしいシーンがたくさんあり、きっとさまざまな感情が湧き上がる作品です。ぜひ、たくさん泣いてください!!」とアピールし、大きな拍手に包まれる中、上映がスタートした。

上映後には、西川監督が再登壇して質疑応答を行った。7月31日には、脚本に先駆けて執筆した小説も出版されており、執筆の理由を問う質問が出た。同監督は「映画の脚本にする前に、登場人物それぞれの背景や、当時どのような出来事が起きていたのかを、自分の中で、きちんと整理する必要がありました。そのため、最初に小説を書き始めました」と説明。小説の強みについて聞かれると「映画の中では多くを語らない人物にも、たくさんのことを語らせられる点にあると思います。本作の登場人物の多くは子どもたちであり、映画の中で一人ひとりに長いせりふがあるわけではない。自らの内面を多くの言葉で語らない彼らについて、小説では胸の内を語る形を取り、それぞれの心情や物語を余すところなく描くことができた」と答えた。

小八重を、二階堂ふみ(31)とのダブル主演に抜てきした決め手を聞かれると「葵美ちゃんの、きらきらと輝く瞳と、何か強い意志を胸の奥に秘めているような存在感が、その場にいたスタッフ全員の心をつかみました。それで、葵美ちゃんを選びました」と説明。オーディションでの歌唱審査についても触れ「本当に抜群に素晴らしく、とてもすてきな声でした。完璧な子守歌を聴かせてくれました」と絶賛した。

「わたしの知らない子どもたち」は、西川監督が原案・脚本・監督を務めたオリジナル作品。戦争で家族と日常を奪われた12歳の少女・琴子(小八重葵美)は、生き延びるために自らの性別を隠し“少年”として生きることを選んだ。進駐軍相手の慰安施設や路上売春が広がる時代の中で、少女であること自体が危険となる現実から逃れるための決断だったが、音楽家の父(竹野内豊)のもとで穏やかに暮らしていた琴子の人生は、敗戦によって一変し、「自分自身を手放す」という過酷な選択を迫られる。一方、かつて琴子が疎開した学校の教師・曽根(二階堂ふみ)も、戦時中は軍国主義教育に加担していた側だったが、敗戦によって信念も立場も失い、過去の責任と向き合いながら生きることを余儀なくされていた。戦争によって運命を大きく変えられた2人の、生と再生の物語。

トロント映画祭は、今年度からプラットフォーム部門の最高賞「プラットフォーム・アワード」受賞作には、米アカデミー賞国際長編映画賞の応募資格が付与される。授賞式は最終日の20日に行われる。11日、19日(いずれも現地時間)の上映には、吉田羊と二階堂の登壇を予定している。