桂雀三郎、脊柱管狭窄症の手術から復活「目指します、90歳」55周年の高座へ

大阪市内ではなし家生活55周年記念「桂雀三郎独演会」の取材会に出席した桂雀三郎(撮影・松浦隆司)2026年9月17日、大阪市、撮影・松浦隆司

米朝一門の落語家、桂雀三郎(77)が17日、大阪市内で、はなし家生活55周年記念「桂雀三郎独演会」(11月1日、サンケイブリーゼ)の取材会を行った。

1971年に桂枝雀(当時は小米)へ入門して55年。古典の本格派として磨きをかけ、新作にも取り組んできた。「いつものように3席やらせてもらいます。それぞれ毛色の変わったはなしです」と意気込んだ。

演目は「くやみ」「軒付け」「腕喰い」。「くやみ」は題名とは裏腹に、にぎやかで楽しいはなし。「軒付け」は内弟子時代、稽古をせず“むちゃくちゃ”に演じて受けた経験がある。その後、稽古を重ね、「きっちりやりすぎず、落語やから楽しくやる」と説明。「腕喰い」は18歳の頃に聴いた高座の印象が強く残る演目で、「最近やる人が少ない。おもろいネタのやり方を残したい」と語った。

大阪府摂津市出身。子どもの頃からお笑いが好きで、演芸番組で桂米朝の高座を聴き、「落語っておしゃれやな」と憧れた。大学の落語研究会を経て枝雀に入門し、内弟子として2年間、稽古を受けた。

師匠の言葉で最も胸に響いたのが、「ネタはなんぼ持ってても、おもろなかったら持ってないのと同じやで」。「とりあえず覚えて、やらないといけない。だから面白くさせなければいけない」と教えをかみしめる。米朝や枝雀の型を手本にしながらも、ただまねるのではなく、自分のものにかみ砕き、落語を壊さない工夫を加える。「ちゃんとやったら面白い」が信条だ。

55年を「悲惨なはなし家生活だった」と笑わせつつ、「ただひたすらやってきた」と回顧。今年7月に脊柱(せきちゅう)管狭窄(きょうさく)症の手術を受けた。1年半前から歩行がつらくなり、悪化したが、術後は病院の廊下を1万歩、歩くなどリハビリに励んだ。今は「落語をする上では全然問題ない。現代医学のおかげ」と笑顔。「60周年も65周年も元気でやりたい。目指します、90歳。あまり自信ないけど」と精進を誓った。