日本の最高学府・東京大学卒業のグラビアアイドル東堂とも(35)が、このほど日刊スポーツのインタビューに応じ、ヌードを披露した初写真集「慾望」(光文社)への思いや高学歴の裏に抱える苦悩を語った。
東大卒業後はコスプレーヤー、グラビアアイドルとして活動してきた東堂は8月25日に「慾望」を発売。オファーは約1年前だったが、ヌード写真集ということもあり「悩みました」。それでも決意した。「紙の写真集を出せるとは思ってもいなかったので、それくらいやれば見てもらえるかなと思って。今までの露出度の高い写真はSNSで無料で見られるし、DVDでは結構際どい動画が見られますが、わざわざ紙の写真集を買ってくれる人がいるかなと思った時に、ヌードぐらいやらないと、と思って」とその決意を明かした。
コスプレーヤーとしてこれまでも露出度の高いコスチュームは披露してきたが、ヌードはその布がない。女性にとってこの“布1枚”が高い壁だ。
「抵抗がないわけではないですが、それこそ10年やってきて、ずっと応援してくれる方が飽きていないかなって。露出を多くすることが全てではないのですが、新しいことに挑戦していくのは、応援してくれている方に対する礼儀かなと思っっています」と応援してくれるファンへの思いが、その高い壁を越えさせた。
お気に入りのカットには、温泉で横たわる写真を挙げた。「今回はやっぱり上がメインになっちゃっていますが、個人的にはお尻なんです」とにっこり。「油断すると鶏ガラのように痩せてしまうんです」。撮影のために“増量”に取り組み「調べても増量法の情報がないんです。だから、ダイエットの逆をやりました。自分史上、最大の体重なんです」。その上でのボディーメイクについて「ジムで専門のトレーニングをしました」。
桜蔭学園中から高校へと進学。そして東大卒業後にコスプレーヤー、グラビアアイドルという、ある意味“異色のキャリア”の持ち主。なぜ、この道を選んだのだろうか。「めっちゃ聞かれるんですけど、本当に体力がないからなんです」と想像の斜め上をいく答えが返ってきた。「大学を卒業して会社員をやっていた時期も5年ぐらいあるのですが、週5日8時間が勤められないんです。残業もないめっちゃホワイトな会社でも勤められなかった」という。
「でも、どうにかして生きていかなければという思いがあって、試行錯誤した結果、今ここにいます。だから、夢があってとか、やりたいことがあってのグラビアというよりも、どうにか生きていかなくちゃと思ってたどりついた先がここだったというのが近いんです」。
実際、同写真発売記念イベント前の取材会では貧血を起こし、取材会は途中で中止となった。「結構人生の大事な時に倒れていて…。中学入試の時も、面接の途中で貧血で倒れて意識なくなって。気が付いたら、なんか周りの大人が大丈夫ですかみたいになっていました」と告白した。
自身の幼少期を「とにかく元気がない子でした」と振り返った。「体育は端でみているとか、休み時間はなるべく外に出なくて、頻繁に保健室に行く子でした」。それでも、勉強はできたため、「あまり目立ちたくなかったけど、学級委員とかはやりました」。
中学受験は塾に通わず、独学で学んだという。「ここは親に感謝していて。『勉強したいならお金は出すけど、別にしたくないなら無理しなくてもいい』みたいな感じでした」と押しつけがなかった。桜蔭を選んだのも「たまたま予備校の模試みたいなのを受けたら、『桜蔭に行けるんじゃないか』と予備校の方に言われて」だったという。
その面接では貧血もあったが無事合格。だが、中学に入ると“致命的な体力のなさ”に気付く。「通学に1時間くらいかかるのですが、途中で何度も倒れるんです。だから、学校には行くんですけど、着いた時にはもう具合が悪くなっていて保健室にいる。そんなことを繰り返しているうちに、『もしかして私、めちゃめちゃ体力ない』って気づき始めました」。
高校に進学すると、将来を見据えた進学の岐路に立つ。「周りは、こんな仕事に就きたいからここに行くと決めていましたが、自分がどの仕事にも就いているイメージが湧かなくて」とすると、「だから大学を選ぶときも、何で決めたらいいのか分からなくて」。だが東大に進学。「周りで東大にいく子が多かったんです。それこそどうすればいいか分からないから、周りに流された結果、東大に…」とポツリ。
地頭はいい。だが、天は二物を与えなかった。体力が致命的にないのだ。「大学に行っている間に何をしたいかが決められなくて、どうしようと思っていたら卒業してしまって。本当にニートとして、ぬるっと卒業してしまったんです」。
卒業後はコスプレーヤーとしても活動。そのきっかけはアルバイトだった。「ニートで卒業してしまったので、アルバイトしようと思って入ったバイト先の仲間がコスプレをしていた」。
その後、芸能事務所に所属するが、コスプレーヤー兼正社員としての所属となった。「社会人として初めて正社員になりました!」と笑ったが「やっぱり無理でした」と肩を落とした。「週5日、しかも定時に帰らせてもらってもダメなんです。最低限の会社員としての仕事すらできなかった」という。「バイトをして、『意外と私、働けるんじゃないの』って、ちょっと思った時に正社員のお話をいただいてその事務所に入ったのですが、思い上がりでした」。今回の写真集の撮影に影響はなかったのだろうか。「2日だったので…。2日なら耐えられます」。
ファンへの感謝、挑戦をする姿を示すヌード披露だが、家族の反応はどうだったのだろうか。
「元々、人前で脱いでほしくないとは言っていたので、『めっちゃ応援するよ』という感じではないんです」としつつも、「多分、私が働けないことを知っているので、そんな中で、どうにか自分で見つけて働いているから、望む形ではなかったけれど、見守っていくかみたいな感じで受け取ってくれました」
ファンの反応は「(ファン歴が)長い方ほど褒めてくれる。でも『そこまでしなくても』という方もいます」とすると、「それでも、5冊券、10冊券で来てくれるので、ありがたいです」と感謝した。
今後やりたいことについて聞くと「ん~、なんだろう」と長考。「やらないと決めていることはある」とすると、「AV」「自己啓発系セミナー」を挙げた上で「逆に自分が想像していなかったことをいただいた時に、この2つ以外ならチャレンジしたいかな」とほほ笑んだ。
また「私と同じように体力がない人って、いないわけじゃない気がするんです」とすると「でも、そういう人って表に出てインタビュー受けるとかないと思うので、こんなにダメでも、どうにか生きている人がいるよって。そんな人たちが、ちょっとだけ前を向けるうようになればいいかなって思います。それこそ、そんなエッセーみたいなのは書いてみたいですね」と意欲を示した。
最後は「慾望」の自己採点を120点とした。「今回写真集は、本当にやって良かったしかないんです。それこそ、服を脱いでの活動はやりきったと思っています」と胸を張ると、「この後何も仕事がなかったとしても、グラドルとしての仕事が全くなくなったとしても、何にも後悔がないと思えるくらい、いい写真を撮っていただいたと思います。言い方が悪いかもしれませんが、これで終わってしまっても悔いがないと思えるという意味で、120点にさせていただきます」と目を輝かせた。
「周りに流されながらの人生」というが、ヌード写真集の決意のように、その時々での自分の意思は必ずあったはずだ。素の自分と向き合い、それを受け入れられるのが東堂なのかもしれない。それにしても「天は二物を与えず」。まさにこの言葉がピッタリのように感じた。【川田和博】