東出昌大(38)が、25日に初の単著「誰が為にか書く~東京から離れた山暮らし日記~」(扶桑社)を刊行する。21日に都内で開いた会見後、日刊スポーツの取材に応じ、北関東の山間部で生活し、自然と向き合い至った心境、狩猟生活の中で昨今、社会問題になっているクマを追う理由、現代社会の行き詰まりを感じたところから始めた新たな取り組み「山の学校」などについて、率直な思いを語った。【村上幸将】
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「誰が為にか書く~-」は、時に鹿を撃ち、家族と会話し、地域の人々と交流し、居所が地元になっていく日常の1コマと思索の断片をつづった24編のエッセーをまとめた。24~26年3月まで「週刊SPA!」で連載した文章を再構成し、新たな内容も加えた。
東出はその中で、20年1月に発覚した自身のスキャンダルの際、芸能メディアに追われて街に出るのが怖くなったことや、24年8月に再婚した妻との間に25年2月に誕生した子どもとの日常などを赤裸々につづった。その筆致同様、会見で山暮らしを始めた理由について聞かれると「開けっぴろげに言うと、スキャンダルがあって。預金が、バーッとなくなった。生きていかなきゃならないけど、東京の家賃は8万円…当時の私には払えない」と、あっけらかんと口にした。
スキャンダル以前から、狩猟で山には通っていたが「仕事のオファーもないし、東京を歩いていたら、いつ(芸能メディアに)撮られるか分からない。じゃあ、山に行こう」と出かけたという。そして「車がパンクして、地元の方が助けてくださって、その方に空き家を紹介してもらって。家賃がかからないから、とりあえず生きられる」と山暮らしを始めたと明かした。
会見では、1歳半になった子どもについて聞かれ「『ちょうちょ』と言われると、ちょうちょ、好きな子だったんだ、良かったと思った」と顔をほころばせた。さらに「これから、ギャルっぽい格好したりとか、渋谷に行きたいとか、いずれ言うんだろうなと思ったら、それもいいな」などと語り、父の顔も見せた。
一方で、著書の序盤では、動物を狩り、さばいて食べることについて、時に残酷だと言われる自分と、都会の中で自分勝手なことをする人の、どちらがヤバいのか、などと問いかけ、善悪二元論では語れない「答えが出せない議論や問題が多い」と投げかけた。そうして赤裸々につづったものが、書籍として形になることは「怖くなかった」という。「社会に反抗しようとも、一石を投じようとも思っていない。最近、思うのは、人間は自分が間違っていないと思いたい生きもの。そう思わないと(自分は)山に行く意欲がそがれる。書いてきた人生を振り返りつつ、言い訳しつつ間違っていないはずだと誇示したかったという思いも、書いた時はあったのかも知れない」と、執筆当時の心情を振り返った。
著書の中で、鹿をはじめとした野生動物を、生きていくための糧を得るために撃ち、さばき、肉を食べることに「正当な殺しって今まで果たしてあっただろうか?」と自問自答する行がある。東出は、幕末の槍術家・高橋泥舟の名言「欲深き人の心と降る雪は、積もるにつれて道を失う」を引き合いに「殺しながらも、死をありがたいと感謝する気持ちがないと全然、ダメ。捕りたい欲だけでやっていると、道を忘れる。悼む気持ちがないとダメ、というのが暫定の答え」と、率直な心境を口にした。
そうした思いがベースにあった上で「どうやっても捕りたい」とクマを追う。10月にもヒグマを追うために北海道に行き、山に1カ月入る予定だという。「自分の中で、ルールがある。それは生活の中で捕る、ということ。自分にとって最上級にうまい、クマの肉を300キロ取って(肉として)下ろせば、私の生活を考えれば収支は大きい」と、あくまで生活の糧としてクマを狩ると強調。「登山家は高峰の頂きを極めて先の地平を見たいんだろうけど、自分はクマを捕った先の地平を見たい」と語った。
一方で「都市において生きものを殺すことは、ほとんどない。ハエ、蚊を殺すくらいで、それも虫が減っている。現代は死が隠されている」と持論を展開。さらに「東京は道を歩けば、あれこれ禁止ばかり。現代の人間社会は、どんづき(状態)」と、現代社会の行き詰まりを予測しているという。その上で「人間は個々が弱いから集団化しないと、特に地方では生きていけない。今後、子々孫々、自然の道を享受するためには、どうしたらいいか。いろいろな人と意見交換をして、つかず離れずの共同体になって相互扶助で生きていかないと、田舎では生きていけない」という考えから始めたのが「山の学校」だ。
具体的には、全国から子どもを中心に大人も参加し、子どもにはナイフの使い方と危険さ、全体には獣の解体や魚の締め方、串打ちなどを教えるもので既に2泊3日で4回、開催した。それでは時間が足りないと、来夏には10~20日間、キャンプ場を貸し切り、狩猟採集民のコロニーを作ることも考えている。東出は「私は都市が住みにくいので、自分がしっくりする生き方を探すために、利己的にやっています」と語った。
その裏には「そんなご立派なものではないです」と照れ笑いを浮かべつつも「私も、どうしたって人間なので考えるんですが」と口にする、人や人類への思いがある。「文明の行きすぎた進歩に、拒否反応があります。生き方の核を失うので。でも今、生き方の核を失った人が、あまりに多い…日常に疲れて」と指摘。その上で「どうしたら、人々が幸せに生きられるか、茫洋(ぼうよう)に感じています」と口にした。その言葉は、山暮らしをする日々の生活から、その中で感じたこと、社会への思いを本音で書きつづった、初の単著での筆致同様、包み隠すことなく伸びやかで、温かかった。