<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>
「ありがとうね」。何げない一言に、人柄がにじみ出ていた気がした。お笑いコンビ、ペナルティのワッキー(54)に先月、東京・新宿区の吉本興業東京本部でインタビューした際の出来事。ワッキーは担当マネジャーで、吉本興業の男性若手社員に笑顔で感謝を伝えていた。その若いマネジャーは、他にも担当している別のタレントの収録現場に行くため、弊社のインタビューを途中退席せざるを得なかった。時間が迫り、ソワソワし始めたマネジャーを気づかい、ワッキーから切り出す形で退席を促していた。
ワッキーが続けて「彼はこれからスイーツを食べに行くんですよ」と言うと、マネジャーは「いやいやいや」と否定した。「スイーツを食べる(テレビ番組の)収録に行く、が正しいか」と言って笑い、途中退席しやすい、和やかな空気をつくって送り出した。
インタビューは、ワッキーがライフワークと自負する、舞台アース製薬presents「Mother~特攻の母 鳥濱トメ物語~」(10月21~25日、東京・シアターH)に向けたものだった。戦時中、鹿児島県に実在した食堂経営者で、特攻隊員たちから「母」と呼ばれ、慕われた鳥濱トメを主人公とした物語。舞台は09年に始まったもので、ワッキーは13年から出演し、昨年からは舞台のプロデューサーも務めている。実際に元特攻隊にも取材するなど、ワッキーの言葉は自然と熱を帯びていた。父親の年齢のような芸人のそんな姿に、当然、若手マネジャーは途中退席を切り出しにくかっただろう。そんなことも全て把握した上で、優しい口調でスムーズに次の業務を促す姿は「理想の上司」に思えた。
実はワッキーが吉本興業東京本部に来る前に、その若手マネジャーが話していた。ワッキーといえば、高校サッカーの名門、千葉・市船橋で活躍したサッカー大好き芸人。マネジャーは今夏のサッカーW杯北中米大会で、関係者用パスに使う公式ストラップを、社員証を提げるために、その後も使っていた。たまたま私が発見すると「ワッキーさんと一緒に行ったわけではなく、別の仕事で行かせていただいて。あっ! これ外した方がいいですね」と、少し慌てて言った。
ワッキーは今年、現地でW杯を観戦していなかった。一方のマネジャーは「高校時代は野球部でした…」。元野球部の自身がW杯を観戦し、サッカーへの愛情が強いワッキーが観戦していないことを、申し訳なさそうにしていた。全く、そんなことを申し訳なくする必要はないが、マネジャーがワッキーの歩んできた道のりに、強い敬意を抱いていると感じた。年齢は親子ほど離れていても、互いが互いのことを思う、素敵な関係だなと心から思った。
ワッキーは20年に、中咽頭がんが見つかったことでも知られる。先月のインタビューでは、当初は家族にも伝えていなかったものの「マネジャーには(がんであると)言っていました。唯一。やっぱり仕事があるので」と明かしていた。その間は、家に帰ると小学生の子どもたちの前で変わらず“おもしろいパパ”を演じた。「それが味わったことのないつらさでしたね。相談できる人が、お医者さんしかいない状態でした」と振り返った。それも「当時のマネジャーも若くて、あんまり負担をかけるのもかわいそうだったので」という理由だった。
自分のことよりも、周りのことを最優先に考える。ましてや、自分の死が迫っているかもしれない不安な状況で、家族はもちろん、マネジャーに対しても気づかうなど、普通、できることではない。そんな人がライフワークとして選んだ舞台「Mother」。舞台初参加の若い俳優に対して「みんな胸の奥に眠る熱いものが見えてくるんです。その一生懸命やる姿を見ると、毎年、感動しますね」と、稽古を通じて成長していく姿を見ることも、ライフワークのようだ。若い人に手を差し伸べ、成長を見守る-。こういう人になりたい、と感じた実りの多い日になった。【高田文太】