タレントせんだみつお(79)が27日、生島ヒロシ(75)がパーソナリティーの文化放送「生島ヒロシの日曜9時ですよ~」(日曜午前9時)にゲスト出演した おなじみの「ナハ、ナハ、ナハ、ナハ」の笑い声でせんだが登場。2人は2024年に「M-1グランプリ2024」でコンビを組んで「せんみつ・ヒロシ」として2回戦に進出した仲。せんだは、生島が会長を務めていた生島企画室(現ファーストエージェント)の所属タレントでもあった。
生島は「うちの事務所がどうなるかという時に一番に逃げ出したのがせんださん。手のひら返し」。昨年1月に生島がコンプライアンス(法令順守)違反で芸能活動を休止して、生島企画室の会長を辞任した時に事務所を辞めたせんだをイジった。
せんだは「文化放送は『ハローパーティー』『セイヤング』という番組をやっていました。僕にとっては恩人。土居まさるさんがいて、みのもんたさんがいて、僕がいた。だから、今度また生島さんになんかあったら、僕が代わりにやります」と宣言。そして「今度、浜松にお墓を買いました。戒名は『死んだみつお』」と笑った。
せんだは、昨年6月に89歳で亡くなった、長嶋茂雄さんと親しかったことでも知られる。「2回目の監督の時に、赤坂のおすし屋さんにZARDのプロデューサーが坂井泉水さんを連れてきて、一緒に歌うことになったんですよ」と振り返った。
そして「坂井さんが『初めまして、ZARDの坂井です』って言ったら、長嶋さんが『え、サード。偶然ですね。僕、現役の時サードだったんですよ』って。時間が止まりました」と笑った。
さらに「帰りがけにお勘定した時に『長嶋さんですか、握手してもらっていいですか』って言われて、『いいですよ』って握手してしたんです。その時に『長嶋さん、僕、誕生日が長嶋さんと同じ日なんです』って。それで『あ、それはまた偶然。ありがとう』って言って、もう1回握手したんです。その後に言ったセリフ知ってますか。長嶋さんが『誕生日は何月何日ですか』だって。人の話聞いてないの。同じだって言ってんじゃない」と笑った。
せんだと生島は、ともに昭和、平成、令和と芸能界を生き抜いてきた。
せんだは「昭和ってやっぱり今考えるとすごい時代。飛行機の中でタバコが吸えて、病院の6人部屋で『患者さん、ここに灰皿がありますから』っていう時代。なんでもあるし、そういう時代」と振り返った。
生島は「真面目な話ですけど、今までの芸能生活を振り返って、1番大変だった時はいつですか」。せんだは「やっぱり僕は53歳の時のちょっと不祥事を起こして、お仕事がなくなった時。やっぱり2文字でね、逮捕っていう2文字で全部なくなるんですよ。その時は本当にね、どうしようかと。やっぱりね、お金。本当に転びやすいタレントですから」と2000年(平12)に飲酒運転などで逮捕された当時を振り返った。
そして「なんで、こんなにしゃべるか知ってます。普段しゃべる場所がないからうれしくて。なんとかしてよ、ほんとに」。生島は「おかしいでしょ。本当に面白いんですけど、なんで人気が、また上がんないんですかね」。せんだは「それはね、国民のレベルが違うんです」と笑った。
アシスタントの松永安奈が「でも昔、はやりましたよ。子供の頃、せんだみつおゲーム。テレビですごくやっていました」。せんだは「ある金融会社のコマーシャルにも出た。本当にね、そういう時代が、やっぱり一世を風靡(ふうび)した時があったんですよ。で、一世を風靡するのはね、生意気ですけど1回でいいですね。今、電車が好きで乗るんですけど、もう僕の名前を、顔すら忘れてる人がいるから楽なんですよ。この間、日比谷線でつり革につかまっていたら、前の奥さんがね、2人で『あら、あらららら、久しぶり。珍しいわねえ』って。『誰、知っんの』。『あなた、何言ってんの。有名だよこの人、せんだまさおさん』って。周りがどっと笑っちゃって。俺、千昌夫さんじゃないんだからさ。名前、いつ変えたのかなと思って。隣の奥さんも『あ、せんだまさおさん』って言うんで、次の八丁堀駅で降りちゃった、恥ずかしいから」と振り返った。
生島は耳が悪いせんだに「あと、耳さえね、聴力が戻ったらもっと面白くなりますね」。せんだは「聴力がね。今も入れてるから」と補聴器を使っていることを明かした。
そして「よく聞こえます。また、補聴器が高いんです。補聴器の世界って、もう青天井、何百万円ですよ。これは4万円。だって、今大変な“無色透明”ですから」と仕事のない無職とかけて笑わせた。
生島は「僕は“無色透明”から脱しました。文化放送のおかげで」と、今年4月から同番組で1年2カ月ぶりに芸能活動を再開したことに感謝した。
せんだは「JOQRさまさまですよ」と文化放送のコードサインを口にして「土居まさるさん、みのもんたさん、みんな天国行かれましたけど」。生島が「呼ばれてませんか」と聞くと、「呼ばれてます。もうちょっと待ってください」。生島は「元気でいてください。“死んだみつお”になる前で」と締めくくった。