【全文】さだまさしが倉本聰さんに感謝「北の国からの音楽を若造の僕を信用し…大恩人でした」

倉本聡氏(右)さだまさし(2013年4月)

シンガー・ソングライターさだまさし(74)が28日、インスタグラムを更新。

18日に多臓器不全のため91歳で亡くなった、「北の国から」脚本家の倉本聰さんを追悼した。

倉本財団が28日、公式サイトで発表。「当財団理事長であり、脚本家として長年にわたり創作活動を続けてまいりました倉本聰は、令和8年9月18日(金)夕刻、多臓器不全のため自宅にて永眠いたしました。享年91でございました」と伝えた。

「北の国から~遥かなる大地より」を作曲しているさだは「倉本聰先生の訃報に接して」と前置きした上で長文をつづった。

「歴史に残る名作『北の国から』の音楽を、若造の僕を信用して、ぽいっと全部任せて下さった侠気の人。大恩人でした」と感謝。そして「教わったことが沢山あります。叱られたことも一杯あります。褒められたのはたった三つ」とつづり、詳細をつづった。

以下、投稿全文。

倉本聰先生の訃報に接して

せっかちで頑固で喧嘩っ早い倉本先生。

大好きな紅葉も落葉も雪も待てずに秋の香りのする日に、ぷいっといなくなりました。

一途で不器用で芸に厳しい倉本先生。

歴史に残る名作『北の国から』の音楽を、若造の僕を信用して、ぽいっと全部任せて下さった侠気の人。大恩人でした。

最後にお目に掛かったのは「北の国から」放送開始45周年を祝った先月、八月九日の富良野演劇工場のステージでした。

今思えば先生登場の時のこと。

《暗転~照明濃度まで計算し尽くして、浮き上がるように現れ~五郎さんの『遺言』を朗読~ふわりと暗転してあっという間に舞台から去るという、あのストイックな演出。

今思えばあれが我々への格好良すぎる遺言でした。

教わったことが沢山あります。

叱られたことも一杯あります。

褒められたのはたった三つ。

「はかぼんさん」という小説と、わざわざ詩島まで来て、子どものようにはしゃいで羨ましそうに褒めてくださったあの時。

あと一つはNHK紅白歌合戦で「北の国から」を歌った時でした。

よほどNHKとの大喧嘩が胸に残っていたのでしょう。

「良くNHKが許してくれたなあ。でかした!!」と嬉しそうでした。

まるで僕が先生の仇を討ったみたいでしたけど、あれ、NHKからのリクエストだったんですよ(笑)

「北の国から」を500話まで書いてくださいとお願いしていたのに、書いてくれたのかな?

詩島が気に入ったら島に籠もって「西の国から」を書いてともお願いしたのに書いてくれたのかな?

もう少し仕事でご一緒したかったです。

さようならは言いません。

先生またね。

さだまさし

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