脚本家の倉本聰(くらもと・そう、本名山谷馨=やまや・かおる)さんが18日、多臓器不全のため、北海道・富良野市の自宅で死去した。91歳。倉本財団が28日、公式サイトで発表した。花創作家、シャンソン歌手として活動する志穂美悦子(70)が28日、日刊スポーツの取材に応じ、親交が深かった倉本さんに追悼のコメントを寄せた。
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倉本さんの死去を受けて、志穂美は「今朝聞いて、まさかと。本当にショック」と声を落とした。
今年5月に倉本さんと電話で話したという。「体調を崩されていたのを知ってたから、暖かくなったら先生のとこに行くよって言ってたんです」。もっと具合が悪いときの声を聞いていたため「少しよくなったと思った。声に力が戻ったね、なんて話していました」と明かした。
桜の盆栽を送ったり、ファクスでやりとりしたりと、長年交流があった。「30年くらい前に『訪ねておいで』と家族で北海道に呼んでもらって。そこからです。ご自宅の隣のバンガローみたいなところをお借りして」。子どもたちが小学校に上がるとスキーにも行った。「家族ごと愛してくださった」と感謝している。
アクション女優として活躍したが、自身は倉本作品に出演する前に一線を退いた。「女優と脚本家として仕事をしてない分、主婦としてよく電話でお話しさせてもらった。『先生』なんだけど、私にとっては気軽に連絡できる人生の大先輩だった」。ヘビースモーカーだった倉本さんに、禁煙を勧めたことも。「昨年の暮れに、声が元気なくて、たばこやめないと!って言ったら『やめたよ』って」と述懐した。
出版されるたびに「送ってくださった」と、自宅には倉本さんの本がたくさん置いてある。「天寿を全うされたんだと思う。またすぐ生まれ変わって、すてきなものを書かれるんじゃないかな。まだまだ言いたいことがたくさんあるでしょうから」と話し、冥福を祈った。