「国宝」李相日監督の名を冠したスカラシップで自主映画とメジャーは果たしてつながるか?

李相日監督スカラシップ設立発表記者会見に出席した李相日監督(撮影・村上幸将)

<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>

1977年(昭52)から続く自主映画の祭典「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」は9月25日、都内の国立映画アーカイブで会見を開き、邦画実写最高の興行収入208億円を記録した「国宝」の李相日監督(52)の名を冠した「李相日スカラシップ基金」の設立を発表した。

自主映画とは、文字どおり自ら資金を集めるなりして、自主的に製作する映画のことだ。インディーズ映画とも呼ばれる。スタッフ、俳優を集めて撮影、製作するのも、映画館やホールを押さえて上映するのも、全て自主的に行う。上映する映画館は単館系のミニシアターで、そこで話題を呼び、満席が連続で続くと、中堅や大手の配給会社の目に留まり、シネコンをはじめ全国の映画館で拡大上映されるケースもある。そこで評価された監督が、映画会社の目に留まり、商業映画デビュー…つまり、プロになっていく。

PFFは設立以来「映画の新しい才能の発見と育成」を掲げ、84年から入選者から募ったオリジナル長編企画を実現するPFFスカラシップ(現PFFプロデュース)をスタート。立ち上げ当初の製作予算は総額3000万円が上限だったが、近年は約5000万円で運営していた。ただ、この40年間で、00年代前半に撮影がフィルムからデジタルに移行し始め、同半ばに完全移行するなど技術環境が変化し、製作費が高騰したことから、従来の製作費では質の担保が困難になったため李相日監督スカラシップ基金の設立に至った。

李監督も、00年に「青~chong~」でPFFアワードグランプリを含む4冠を受賞したことを受け、製作した「BORDER LINE」を03年に公開し、映画監督デビューを果たした。そうした経緯もあり「20数年前、PFFに乗っかって世に出られた1人。お役に立てれば光栄に思うと同時に少々、荷が勝ちすぎるのが実感。まだ生きていますし、監督としては道半ばで精進が足りない身。名を冠するのは恐れ多い」と恐縮した。

李相日スカラシップ基金は、PFFアワード入選者でPFFプロデュース作品を撮る監督に、PFFが拠出する製作予算に上乗せする形で製作費の助成金を拠出。設立時は、ぴあが2億円、趣旨に賛同した東宝が1億円を拠出し、設立時の基金は3億円を設定。目標額は10億円で今後、追加で複数社に呼びかける。

東宝の松岡宏泰社長(60)は「50年近く、日本映画界の将来のために新しい才能を発掘するだけではなく、育成しようという貴重な事業を地道に続けてこられた」とPFFを評価。その上で「1つの形として、李監督が実写映画興行収入記録を塗り替えたのをきっかけとして、もう少し拡充させたいとお話いただき、ぜひ参加させていただきたい」と、配給した「国宝」のヒットが賛同のきっかけだったと明かした。その上で「日本映画界の将来のため、盛り上げていくんだという理念に、メンバーの1人として参加させていただきたいと相成りました」と続けた。

トークの中で、李監督は「新人・若手…自主映画という卵のようなところと、東宝という、言うまでもなく日本で1番、大きなマーケットを確保しておられる大きなステージと、その両端がこういう形でつながることこそが、映画を底上げする重要な循環の形」と口にした。松岡社長の発言を受けての発言で、決して間違ったことは言っていないとは思った一方、疑問も感じたので、質疑応答の際に以下の質問をした。

「小規模の自主映画も、上映するミニシアターの運営も現状は厳しい。そうした環境で育成された人材が、李監督のように飛躍して大きな商業作品に進むのが理想だろうが、若手監督には国内で大きな作品を製作するチャンスも少なければ、資金も出ないので、海外から製作費を集め、他国との合作映画として作るケースも少なからずある。李相日監督スカラシップ基金で予算を組み立て、若手に作らせるのは素晴らしいだろうが、若手の作品をシネコンで定期的に上映するなど、作品を上映、披露する場作りも同時に必要ではないか?」

この質問をした裏には、当欄で21年5月30日に配信した「映画館休業で苦境映画界…メジャーとインディーズ乖離している場合じゃない」、同31日に配信した「映画館への理不尽要請、映連声明&インディーズとの共闘に意義/記者の目」そして6月29日に配信した「ミニシアター閉館、若手監督は生活ままならず…その中、国が大作映画へ投資することに感じる矛盾」と題した原稿に書いた状況がある。質問を投げかけると、李監督と松岡氏は顔を見合わせ、言葉を交わした上で、それぞれ回答した。

松岡氏 「今回は東宝株式会社として、日本映画業界の発展のために、という気持ちを込めているつもりです。個社としての東宝と業界全体というのが、必ずしも一致しないことはあると思います。これ(李相日監督スカラシップ基金)は、業界単位で新しい才能を発掘、育成していこうということ。そこに対して、我々は賛同している。業界全体で考えて1番、良いやり方が出てくるといい」

「シネコンになって良い点も、悪い点も、もちろんあると思いますけれども、編成においては柔軟性も出てきている。この作品は、すばらしいと思えば(TOHOシネマズで上映の)ブッキングはできるし、上映の継続もできる。そういったことは個社の判断にもなるし、業界として、どう後押しするのか…1つの動きで完結するものではない」

李監督 「松岡さんがおっしゃる通り。作り手の立場からすると、作って誰かの目に留まらないと、その次がないわけですね。次がないという感覚は、今もあります。『国宝』がうまくいったからって、その次が安定するか、といったら、そうも思っていないし。何かを作って、それを形にして、誰かの目に触れて(鑑賞して)何かインスピレーションを持ってくれる人は、必ず存在するわけで。そういった場は、やはり我々作り手自身が作ることには正直、限界があると思っていて。松岡さんがおっしゃる通り、業界全体で、どうすれば誰かの目に触れるか? という機会を考えていただくことが、非常に重要だと思っていて」

「システムというものと商業、文化と芸術…いろいろなものが、本当に絡み合っている。じゃあ文化、芸術として、すばらしいから、それが多くの人に波及するか? というと、それは難しい。でも、届いて欲しいところはあるし、届く人はいる。我々、作り手は球を投げ続けるしかないし、1つ1つの球に自分の全てを注がないと、そういう事象は起こらない。古くさい言い方ですけど、覚悟というものが、実はPFFスカラシップ1本目という作品には、最も問われるものだと思っています。そこに全てを注ぎ込むことで、何かが宿るだろうし、だからこそ届くだろうし、次につながることを、厳しい言い方かも知れないけれど、次はない、ということで取り組まないと。映画って、そういうものなので。多くの場所で見ていただく機会を、よろしくお願いします」

松岡氏が口にしたように、ミニシアターで高く評価されたインディーズ映画が、シネコンで上映されたケースは、今年もあった。東京・新宿のK's cinema1館で7月31日に封切り後、22日間連続満員を記録した自主映画「レンタル家族」(上坂龍之介監督)は、8月21日からTOHOシネマズ日比谷を含む全国21館で拡大上映された。その数は全国81館まで順次、拡大している。

ただ、そうした作品は、そう多くない。インディーズ映画の製作者、スタッフ、出演した俳優たちは、まずは上映期間に1人でも多くの観客に見てもらいたいと連日、ミニシアターの正面や出入り口、通路に立って日々、フライヤーを配り、映画ファンと直接、交流する。そんな姿を取材の際、よく目にするからこそ、李相日監督スカラシップ基金に期待するのと同時に、上映する場、機会の確保…中でも、ミニシアターへの支援も、業界全体で真剣に考えるべき時期だと切に思う。その思いは、李監督と松岡氏に質問した5日後に、この原稿を書いている今も、全く変わることはない。【村上幸将】