フリーアナウンサー宮根誠司(63)がMCを務める読売テレビ制作の日本テレビ系「情報ライブ ミヤネ屋」(月~金曜午後1時55分)が2日の放送をもって終了し、20年の歴史に幕を下ろす。20年間には、生放送ならではの予期せぬ出来事も相次いだ。
▼2011年 放送中に東日本大震災
3月11日午後2時46分、番組の生放送中に東日本大震災が発生した。当初は震源や被害の規模が分からない中、大阪のスタジオも揺れ、東京の日本テレビ報道フロアや津波の映像に切り替えながら伝え続けた。宮根は後年、「夢中でしゃべっていたことしか記憶にない」と振り返っている。
▼18年 大阪北部地震で宮根が生放送に間に合わず
大阪北部地震が発生した翌日、東京から大阪へ向かった宮根が交通渋滞に巻き込まれ、番組開始に間に合わない事態に。宮根に代わってスタジオ出演者らが番組を進行した。
▼20年 歌舞伎町中継に男性が乱入
新型コロナウイルス感染拡大下の東京・歌舞伎町から生中継していた際、通行人の男性がリポーターに接近。威嚇するような動きを見せ、暴言を発したため、中継が打ち切られた。リポーターは男性と距離を取りながら対応した。
▼24年 火災現場の映像に人の姿
火災を伝えた映像に、炎に包まれた人とみられる姿が映り込み、映像の扱いを巡って物議を醸した。生放送や速報映像を扱う番組の難しさが浮き彫りになった。
▼26年 出演弁護士が生放送中に体調不良
コメンテーターとして出演した亀井正貴弁護士が放送中にふらつき、宮根らが異変を察知。出演を中断し、病院へ向かった。突然の事態に対応した宮根の判断にも注目が集まった。
▼26年 中継中に通行人が「Fワード」
東京地裁前からの生中継中、画面外にいた人物が英語の放送禁止表現を繰り返し叫んだ。宮根は「大丈夫ですか? ちょっとすいません」と即座に中継を打ち切り、スタジオ映像に戻した。