来年6月で90歳、卒寿になる伊東四朗さんが、そのタイミングでの芸能界卒業を発表した。動けなくなる前に、しかも長年のファンに寂しい思いをさせないように8カ月前の発表というのも伊東さんらしい。
7月末に伊東さんをインタビュー、8月末にはトークショーを見に行った。まだまだできるというのが実感だ。たとえ動けなくなっても、せりふが出なくなっても、ひと言「ニン!」と言えばドッカ~ンと大爆笑なのだから。でも、しがみつかないのが、らしくて心地よい。
もともと、役者になる気などみじんもなかったが、舞台に通って見ていた石井均に「やってみろ」と誘われて芸能界入り。トリオブームを牽引(けんいん)したてんぷくトリオも三波伸介と戸塚睦夫がコンビを組んでいたところに、代役の“偽三波伸介”として加わったのがスタートだ。
73年に戸塚が42歳、82年に三波が52歳という若さで亡くなり、ピンになった。76年10月に始まったテレビ朝日系「みごろ!たべごろ!笑いごろ」の電線マンのコーナーのベンジャミン伊東で大ブレーク。83年には最高視聴率62.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)という大ヒットになったNHKテレビ小説「おしん」で主人公の父親を演じた。脇に回って相手を光らせることが多かった芸能人生に、自然とスポットライトが集まるようになった。更に年を重ねては、政界、経済界のコワモテの悪役を演じるようになった。「喜劇役者はなんでもできなくてはいけない」が心情の伊東さんにとっては、周囲の称賛は面映ゆいものだったにちがいない。
今や毎年恒例の「熱海五郎一座」へと続く、「伊東四朗一座」が04年に始まった時も自分で動いたわけではない。東京軽演劇を盛り立てようとする後輩たちの願いを聞き入れて“旗揚げ解散公演”という条件で座長として神輿に乗った。「自分は人の上に立つような人間じゃない」。その塩梅が、下の者には心地よかった。威張らずにひょうひょうと軽く構えていたからこそ、担ぎ手たちが楽しんでいた。担ぎ手だった三宅裕司(75)、東貴博(56)たちが、東京軽演劇の立派な後継者に育ったからこその引退だろう。
あの世には三波、戸塚、親友の東八郎、師匠の石井均、そしてTBS「ムー一族」で共演した伴淳三郎、由利徹、左とん平、そして「電線マン」「シラケ鳥音頭」で一緒にお茶の間を沸かせた小松政夫がいる。再会を待つ仲間たちと安らかに、じゃなかった(笑い)。もう少しじらして、待たせておいて欲しい。長生きして引退後の人生を存分に楽しんで、後輩たちの活躍を見守ってほしい。
【小谷野俊哉】