ハチミツ二郎、左足を切断…3度死を目前にしても変わらない憧れのビートたけしへの思い

「死ぬまでにやりたいことプロジェクト」の概要を発表し、会見で笑顔を見せるハチミツ二郎

<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>

生粋の「テレビっ子」なのだと感じた。お笑い芸人のハチミツ二郎(51)が、9月末に東京・墨田区で会見。「死ぬまでにやりたいことプロジェクト」の概要を発表した。これまでに3度、全て別の医師から「今日、亡くなるかもしれません。家族を呼んでください」と宣告され、相次ぐ大病で左足切断、人工透析などの施術を受けてきた。現在は車いす生活を送る。それでも金髪、ふっくらとした顔立ちは変わらず、会見中は終始、喜々とした表情を見せ、随所でかつて見たプロレス中継を含め、テレビ番組の話題をちりばめていた。

「テレビによく出ている人はいますけど、後輩の世代、40代の芸人が、腹がちぎれるほどの笑いを見せているかというと、思い当たらないんですよね。自分が最後に、腹がちぎれるほど笑ったのは、とんねるずの『生ダラ』(日本テレビ系『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』)で、錦野旦が棒高跳びで、ビョーンとなって、バーの方じゃなくて逆の方に跳んでいったのを見た時。ああいうのを、また表現したいんですよ」。思い出し笑いしながら、自身の今後の意気込みを、後輩芸人へのメッセージを込めて語った。

二郎から見れば、いずれも先輩にあたる、とんねるず、錦野旦に対して「さん」付けしなかったのは、プロになる以前に見た、学生のころの思い出を、当時のままの空気感で伝えたかったからなのかもしれない。今は例えばスポンサー企業名、テレビ局名などに対しても、何かと「さん」付けするのが主流。「クライアントさん」「お客さん」といったものも、それに属するかもしれない。

ただ、その都度、何か引っ掛かるような、そこで話の流れがいったん途切れるような感覚になる人も、少なくはない気がする。二郎は会見中に「時代とそぐわないですけど、自分は昭和の芸人を見て、それになりたくてやってきたので、源氏名しか知らない女性の家で死にたい」と話し、豪快に笑い飛ばしていた。また「車いすで何度か舞台には出ているんですけど、車いすで取れる笑いもあって。その時、思っているおもしろいアイデア、浮かんだことを話せば、お客さんが笑うというのは変わらない」とも語っていた。そんな“生涯芸人”を貫く思いの一端を、話の流れを途切れさせない「さん」付けしない様子からも感じた。

現代へのアンチテーゼのようなものもあったのかもしれないが、それはただの私の想像だ。ただ生粋の「テレビっ子」が、喜々として話している印象は、他の報道陣にも強く残ったように感じる。テレビで憧れ続けた師匠、ビートたけしに話題が及ぶと、一段と言葉は熱を帯びた。「(今後)漫才はやります。それに向けて、ずっとリハビリをやっているわけですから。ずっと思っていることが1つあって。日本一の漫才師のビートたけしのもとから、日本一が出ていない。これはもう、切腹ものだろうと思っていて。M-1、THE MANZAIで決勝に3回行ったことがある自分が、やっぱり日本一にならないと、という思いはあるんです」。師匠への恩返しの思いが、どんなに大病を繰り返しても、二郎の背中を押してきた。

「ただ、今からM-1といっても…。取りやすいコンテストを目指そうと思っています」と、冗談めかして話した。それでも「もし何かしらでトロフィーをもらったら、アポなしでも(たけしに)トロフィーをあげにいきます」とも続けた。師匠に何かを成し遂げたことを報告したい-。その思いは、吉本興業に移っても変わらない。テレビで見ていた子どものころから、憧れの師匠の存在が、生粋の「テレビっ子」の最大の生きる活力なのかもしれない。【高田文太】