西川美和監督「わたしの知らない子どもたち」紆余曲折の製作課程、一時は配信ドラマ化の考えも

映画「わたしの知らない子どもたち」公開前イベントに登場した西川美和監督(撮影・野上伸悟)

<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>

10月16日公開の映画「わたしの知らない子どもたち」の、西川美和監督(52)を取材した。その内容は、10月18日付の日刊スポーツ本紙芸能面に掲載のインタビュー連載「日曜日のヒロイン」にまとめた。作品成立までの経緯、映画でも描いた戦争への思いなど作品に関する詳しい話と、公開し、作品を世に放つにあたっての、今の日本社会への思いを中心に構成した。一方で、冒頭に書いた「思い立った6年前に実現しないと思っていた1本の企画」という部分については、メインテーマからは少し外れるため詳細は触れなかった。

「わたしの知らない子どもたち」は、西川監督が原案・脚本・監督を務めたオリジナル作品。映画初主演の13歳・小八重葵美が演じた、戦争で家族と日常を奪われた12歳の少女・茅野琴子が、生き延びるために自らの性別を隠し“少年”として生きることを選んだ物語。

西川監督は、映画の原案となった同名小説を、公開2カ月前の8月1日にpalmbooksから出版した。11章で構成されているが、最初の5章は21年6~22年10月まで文芸誌「MONKEY」に掲載されたもので、残り5章は書き下ろした。メインテーマである戦争孤児に関心を持ったのは、21年の前作「すばらしき世界」の製作中で、コロナ禍に入って制作がストップした段階で、さらに深く調べを進めた。そのことを踏まえ、執筆したのが最初の5章であろうと、同書を読んだ時に想起した。

とはいえ、実写化する場合、衣装や建物、ロケ地など今、あるものを使って撮影、製作できる現代劇とは違い、時代劇や戦争ものは一定程度、史実に基づく以上、描く時代が設定のベースとなり、当時の衣装、設定を再現、準備しなければならず、多額の製作費がかかる。加えて、琴子の疎開先の教師で戦後、帰京した琴子の消息を探る曽根文美子を演じた二階堂ふみ(32)をダブル主演に据えても、あくまでもメインとして描くのは、親や家をなくして路上生活をする子どもたち。人気、実力がある旬の俳優がスクリーンの真ん中に立ち続けない以上、観客の層を選ぶ可能性は、多分にある。

何より、人気漫画や人気作家の小説が原作ではないので、原作ファンという一定の計算ができる観客層もない。昨今、オリジナルの映画化企画が、ますます通らなくなっているとの声が大きくなっており、西川監督に「戦争の映画は、お金がかかるし、成立しにくいじゃないですか? よく企画が通りましたね」と投げかけた。同監督も「二階堂さんに主演はやっていただいたとはいえ、子どもが主体。売り方が難しい映画であるのと、とにかく莫大(ばくだい)な、お金がかかることは想像できた。まぁ…他の大手さん(映画会社)だったら、通らなかったでしょうね」と、うなずいた。

そして「最初は、配信の連続ドラマシリーズというのも考えたんですよ」と明かした。「ちょうど、どんどんお客が劇場から配信に流れて。21、22年あたりは、特に韓国の製作会社が、予算も青天井で、良いネタがあったらやりませんか? みたいな勢いがあったんですね。そこに乗っかろうかな、というような発想もあって、割と長いロングプロットを書いていました」と、韓国の製作会社のオファーを受ければ、配信の連続ドラマになる可能性もあったと振り返った。

その上で「そうは言っても、私の筆も遅いし、いろいろ調べるのに時間がかかり、そういう潮も引いてきた時に、なかなかお金を出す会社もなさそうだけど、映画として残ってくれるのが、私としても良いなぁと思って映画用の脚本にまとめていた」と配信ドラマのオファーが収束した時点で、軸足を置く映画製作に針を戻したと振り返った。

そして「その時、ちょうど立ち上がった」と口にしたのが今回、製作・配給を務めたK2 Picturesの名だった。同社は、22年「シン・仮面ライダー」(庵野秀明監督)などのプロデュースで知られる、紀伊宗之氏(56)が23年8月に立ち上げ、代表取締役CEOを務める映画、映像を中心とした事業を展開する製作・配給会社だ。24年5月10日には“日本映画の新しい生態系をつくる””ことを目標に掲げ、K2 Film Fund1(ケーツーピー フィルム ファンド ファースト)を立ち上げ、映画製作において新たな国内外投資家の日本映画産業への参入、クリエーターへの利益還元を推し進めている。その世界展開の始動に賛同し、ともに映画製作を進めていくクリエーターの中に、映像制作会社「分福」を率いる是枝裕和監督(63)と、同社に所属する西川監督も名を連ねている。

K2 Picturesは「わたしの知らない子どもたち」の他、公開中の是枝監督の「ルックバック」や、分福所属の若手・孫明雅(そん・みょんあ)監督の長編監督デビュー作「トロフィー」の製作・配給も手がけた。西川監督は「映画用にまとめた脚本を、最初に見せたのがK2 Pictures。是枝さんみたいに、どこの映画会社でも作らせてくれる監督だけでなく、分福の若手もバックアップして、出資したい、というK2が、たまたま、うまく立ち上がった」と振り返った。その上で「海外に出資を持ちかけたりもあったかも知れませんけど、そうは言っても良いタイミングでK2のファンドの発想が、かみ合ってくれたから、何とかできた。よくベットして(賭けて)くれたなぁと…」と、K2Picturesに感謝した。

原案小説で、書き下ろしした後半の6章については「映画が編集まで全部、終わった段階で書いているんですよ」と明かした。「映画の設定と大きくかけ離れたことは書けないな、というのはありましたけど、逆に言うと、もしかしたら配信の連続ドラマシリーズになり得たという時に書いた、ものすごいロングプロットで、映画のシナリオにまとめた段階で抜け落ちた、いろいろなエピソードや登場人物もあったので、そっちを小説に復活させて書いていこうかなと思い、書きました」と続けた。

原案小説では、日本が敗色濃厚となった太平洋戦争末期に、生きるか死ぬかの思いをした挙げ句、親を亡くして戦争孤児となった子どもたちや、終戦後、慰安所で働く道を選んだ文美子ら女性らの話もつづられた。映画を見て、原案小説を読めば、トータルで、さらに深く作品世界に没入できる。単なる映画のノベライズ本を超えた試みだろう。映画「ディア・ドクター」の脚本執筆時に行った取材から生まれた09年の連作短編集「きのうの神様」、15年には16年に自ら映画化した小説「永い言い訳」が、それぞれ直木賞候補となり、作家としても実績のある西川監督だからこそ、なせる業だろう。

折しも、戦後81年の今年は、戦争をテーマにした映画が公開され、劇場には若い世代の観客も足を運び、盛況だ。猪瀬直樹参院議員(79)が83年に出版したノンフィクション「昭和16年夏の敗戦」を原案に、実在した総力戦研究所に着想を得て製作された7月31日公開の「開戦前夜」(石井裕也監督)が、公開から20日で興行収入2億円を突破とヒットした。また、18歳で米海兵隊に志願してベトナム戦争に従軍も、帰還後にPTSDに苦しんだアレン・ネルソンさんの自伝が原作の「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」(塚本晋也監督)も、9月11日の公開後、各所で上映の拡大を求める声が上がっている。

「わたしの知らない子どもたち」も、5日に東京・新宿ピカデリーで行われた公開直前イベントは満席で、若い観客の姿も多かった。さまざまな困難を乗り越え、戦争もの、子役主体など客層を選びそうな題材であること含め、西川監督がチャレンジした作品だけに、映画記者として、ぜひ見て欲しい1本だ。【村上幸将】