「ハリスの旋風」「あしたのジョー」「おれは鉄兵」「のたり松太郎」「あした天気になあれ」などのヒット作で知られ、文化勲章を受章した漫画家ちばてつや(本名千葉徹弥=ちば・てつや)さんが死去したことが27日、分かった。87歳。東京都出身。1967年(昭42)12月に「週刊少年マガジン」で「あしたのジョー」の連載を開始。主人公のボクサー矢吹丈やライバル力石徹の熱狂的なファンを生み、社会現象を巻き起こした。記者が生前のエピソードを交え、ちばさんを悼みます。
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1999年(平11)4月に栃木・宇都宮に文星芸大が開学。05年にマンガ専攻が設立され、教授として招かれたのがちばてつや先生だった。高校野球の強豪として知られた、系列の宇都宮学園は03年に文星芸大付属と名前を変えていた。96年4月から宇都宮の支局に2年半赴任した記者は“宇学”の名前が消えたのを寂しく思っていた。甲子園でおなじみのユニホームの「Ugaku」の胸マークがなくなってなくなることに文句を言った。
関係者がちば教授に引き合わせてくれて「若い学生たちと触れ合えるのは楽しいですね。マンガを描くには読書、音楽、映画と幅広く知識を吸収することが大切なんです。マンガは読む人の心を動かして、勇気づけてくれるんです」と話を聞いた。自分の教え子とマンガに対する愛と誠実さで「大学の授業でマンガを」と疑問を持っていた記者を納得させてくれた。
ちば教授にお目通りがかなったのは、OBもどき”の記者への気遣いだった。ちば先生の訃報を受けて、旧知の文星芸大関係者に連絡すると「少子化でどこの学校も大変な時にマンガ専攻ができて、それをちば先生が支えてくれた。学校経営の面からも、本当にありがたかった」と感謝の言葉を口にした。
思い起こせば<歌詞>ドンガンドンガラガッタ の主題歌が懐かしい1966年(昭41)~67年にフジテレビ系アニメとして放送された「ハリスの旋風」から始まって「あした天気になあれ」まで、ちばてつや作品は全て読んでいた。自分もちばさんの“教え子”なのだと思った。ありがとうございました。ご冥福をお祈りします。【小谷野俊哉】