<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>
作家の村上龍さんが亡くなった。74歳だった。
83年に公開された映画「だいじょうぶマイ・フレンド」は2本目の監督作品で、飛べなくなったスーパーマンを主人公にしたユニークなSF作品だった。この作品の第一報を書いた縁で、何度か取材する機会があった。
映画が先で、シナリオを元に小説化した経緯もあり、「ターザンやスーパーマンが大好き」という、村上さんのおおらかな映画愛がちりばめられた作品だった。
主演は「イージー・ライダー」のピーター・フォンダで、「哀愁のスーパーマンにぴったり」と心に決めた村上さんは、当時フィリピンで別の映画のロケハン中だったフォンダを直撃。熱い思いで口説き落とした。
後日、来日したフォンダは「この作品が風刺的な笑いに満ちているから」と出演理由を語る一方で「ムラカミの熱心さには参ったね。フィリピンでは丸4日間、追い回された」と明かした。村上さんは取材でも、どんな質問にもまっすぐに答え、人をそらさなかった。
「ダブル村上」でも、孤高でクールなイメージの春樹氏とは違い、村上さんには社交的で失敗を恐れずに突き進むホットな印象があった。
デビュー作にして芥川賞を受賞した「限りなく透明に近いブルー」を皮切りに、一作一作に強烈なインパクトがあった。「希望の国のエクソダス」や「13歳のハローワーク」など、常に社会と向き合う姿勢を貫いていたので、メディアの片隅にいる身として目を通さずにはいられないところがあった。登場人物のカタカナ名に無国籍的な想像が膨らみ、独特の視点で現実を映すパラレルワールドに誘われた。「半島に出よ」の中で、バーのマスターが「安いけどうまい酒」と勧めるスコッチ、フェイマス・グラウスは今でも、近所のスーパーで見かけるたびに買っている。
キューバ音楽、テニス、そしてサッカー…。多彩な趣味は作品にも反映された。都度都度の発言にも影響を受けた。02年の日韓サッカーW杯では「僕はルイ・コスタのポルトガル代表が見たい」という村上さんの発言に引きずられ、いつの間にかルイ・コスタやフィーゴのプレーを応援していた。コスタは不調で、1次リーグ敗退の残念な姿が記憶に残っている。
ホストを務めた「カンブリア宮殿」(テレビ東京系)では、飾らない質問や率直に思いを語る姿勢が気持ちよかった。「たいじょうぶマイ・フレンド」でやりとりした頃をほうふつとさせる若々しさも感じた。この番組が今年3月まで続いていたこともあり、文字通りの生涯現役を実感させた人だった。【相原斎】