1985年(昭60)に引退した歌手の高田みづえさん(66)さんを取材した。
ニッポン放送「徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー」(土曜午前5時)に41年ぶりに生出演。その放送終了後、取材に応じた。
朝4時30分に起床し、ラジオを聞き、7時には同局集合。局に着き、CM中でも結構テンション高めな高田さんの姿を見て、「眠いとか言っている場合じゃない」となった。考えてみれば、高田さんは元相撲部屋のおかみさんであって、朝早いのは日常だったのだろう。
高田さんは1977年に「硝子坂」でデビュー。当時おじさん記者はまだ9歳だったが、同曲はなぜか印象に残っている。今振り返ると、70年代の“アイドル”たちは皆、歌がうまかった。歌唱力も重視された時代だったと思っている。80年代も基本的にはその流れが踏襲さていたが、おニャン子クラブの登場で流れが変わっていったように思っている。
高田さんは人気絶頂の中、大相撲の元大関若嶋津さんと結婚して引退。おかみさんと歌手の二足のわらじは履けない。そこには、そんな思いがあったようだ。ご存じの通り、若嶋津さんは今年3月に他界。親方との二人三脚の人生を「誰でも経験できる場所ではないので、いろんなことを学ばせてもらいました」とし、「親方が倒れたこともあって、健康のありがたさも感じるじゃないですか。当たり前のことが当たり前なわけじゃない。そんなことも学べました」と振り返った。
徳光和夫(85)は、高田さんの引退コンサートで司会を担当した。「お相撲さんの奥さんになって苦労するなと思っていた」という。「あれから41年、改めていろんな話を聞いて、充実した人生だったことが分かって本当にうれしかった」と話すと、「よかったね」と呼びかける姿が、“お父さん”のようで、何とも言えないシーンだった。
高田さんは8月、NHK「うたコン」に出演。「硝子坂」「私はピアノ」を歌唱しているが、「2曲だけを毎日1時間カラオケで練習した」と振り返り、「足がガクガクだった」という。出演後はカラオケ練習も一区切り。だが、年末には大舞台が待っているかもしれない。ラジオ番組にはリスナーから「紅白出演」「コンサート開催」など“復帰”を願うコメントが多数寄せられた。が…本人は「怖い!」を連発。
今後は「故郷を盛り上げることができれば」とすると、徳光は「だったら歌しかない! 事務所の人も本人を口説いて、紅白に出られるようにルートをつけてください」。これには「本当に余計なことはしないでくださいみたいな…」と苦笑いだった。それでも個人的には、年末の歌唱を期待したい。【川田和博】