村上春樹さん新作インタビュー「言葉にできない人間の本質を物語に…AIにはそれはできない」

作家の村上春樹さんが3年ぶりの長編小説「夏帆 The Tale of KAHO」(新潮社)を刊行した。3日までに共同通信の単独インタビューに応じた村上さんは、創作方法や文体へのこだわりに触れ、「言葉にできない人間の本質を物語というイメージに置き換えて書く。それが、僕のやっていることだと思う」と語った。また、人工知能(AI)がつくるような小説は、自分が書きたいものではないとの見解も述べた。

  ◇  ◇  ◇

▽死と再生

文芸誌に4回に分けて発表した作品を加筆改稿したのが本作。始まりは、2024年の朗読イベントのために書き下ろした短編小説だった。「短編を継ぎ足していくようにして、最後に少し手を入れる感じだったけれど、全体でそんなに矛盾するところがなく、筋が変になることもなかった。書いていて、すごく楽しかった」と振り返り、晴れやかな笑顔を見せた。

物語の主人公は、26歳の絵本作家の女性・夏帆。ありくいの夫婦などの「異界のもの」が登場する「リアルと非リアル」が混在する世界で、夏帆は母親との関係に向き合い、成長していく。

作中、母親に取りついたシロアリの女王に、夏帆が刃物で立ち向かう場面がある。「彼女は母親を刺すけれど、自分の中の何かを殺そうとしているとも言える。それによって、人間としての成長を遂げる。殺すというのは“再生”という象徴的な意味を持っている」。本作は「死と再生」の物語でもある。

▽スタイル

長編小説では初めて女性を単独の主人公にし、これまでほとんど扱ってこなかった母娘関係も重要なテーマに。しかしそれは「自然とそうなっちゃった」からで、意図したわけではないと言う。

「ありくいが登場することも、(書いてみるまで)分からなかった。でも異界のものは、物語を前に進めてくれる。僕は異なる世界から来たものをいつも必要としている。リアルな世界と非リアルな異界は互いに影響し合って、物語が発熱していく」と力を込める。

読みやすいシンプルな文体でありながら、物語は単純な解釈を許さないように入り組んでもいる。「リアリズムの文体で、非リアルなものを書くのが僕のスタイルであり、やりたいこと。凝った物語は必要だけれど、凝った文章は必要ない」と言い切る。

「人間の本質を言葉では説明できないけれど、物語という総体的なイメージに置き換えることは可能。そうすることで、人間の存在の総体を少しは解析できるんじゃないかと思っているんです」

▽前向き

執筆途中で病気を患い、「生まれて初めて」の入院を経験した。「詳しいことは言いたくない」と前置きした上で、「体重が17キロ落ちて、歩くこともままならず、『もう何も書けないのかな』と思った」と当時の心境を明かした。退院し、体力が回復すると「また書きたくなってきて、すごくうれしかった」。

この作品には「そういう喜びや前向きな姿勢が出ているかもしれない」と話す。「これまでは不条理なまま終わる話が好きだったけれど、今回は一つの結末をつけて、次へのステップに進もうという雰囲気で終わりたいと思った」。そんな変化も感じたという。

今後について問うと、静かにこう語った。「いつまで生きているのか分からないけれど、やっぱり(物語を)書いていきたい。病気から回復し、以前よりもその気持ちが強くなっています」

発達著しい生成AIは、小説を書くこともできるようになっている。しかし、村上さんは「AIはこれまでに起こったことを総合して類推する。でも、僕が小説を書く作業はそれとは全く違うものだ」と語った。

小説家の役目は「ハッと浮かんでくる新しいものを引きずり込むこと」だと独特な表現で説明した。集中して物語を書いていると、今回登場させたありくいのようなキャラクターがふと現れてくるのだと村上さん。「それは類推から出てくるものではなく、本当に『空中』から出てくるもの」だと言う。「AIにはたぶん、それはできない」

世の中には「これまでにこういう小説があったから、こういうパターンにして…」というふうにしてAIのように物語をつくる作家もいるかもしれないとした上で、「僕が書きたいのは、そういう小説ではない」ときっぱりと話した。(共同)

◆村上春樹(むらかみ・はるき)1949年(昭24)1月12日、京都市生まれ。ジャズ喫茶の経営を経て79年「風の歌を聴け」でデビュー。フランツ・カフカ賞など内外の文学賞を多数受賞し、米文学を中心に翻訳も手がける。代表作にベストセラーになった「ノルウェイの森」や「ねじまき鳥クロニクル」、「1Q84」など。新作長編の刊行は2023年の「街とその不確かな壁」以来となる。