1997年の英国から中国への返還後の香港で初代行政長官を務めた親中派重鎮の董建華(とう・けんか)さんが8日、死去した。董さんの事務所が9日発表した。89歳だった。香港の病院で亡くなった。2021年7月を最後に公の場に姿を見せておらず、香港メディアによると、同年9月に心臓の手術を受けていた。
長官在任中、政権転覆などを禁じる国家安全条例制定を目指したが、言論統制につながるとして市民の反発を招き、2期目の任期途中で辞任した。その後、中国の国政助言機関の人民政治協商会議(政協)副主席を務め、香港政界で影響力を保った。
1937年、香港の海運王、董浩雲の長男として上海で生まれた。47年家族と香港に移住。60年英リバプール大卒業後、米国での企業勤務を経て香港に戻り、父親の海運会社オリエント・オーバーシーズに入社、会長となった。ビジネスを通じ日本、米国、台湾の財界とも関係が深かった。
96年12月、返還を前に香港の初代行政長官に選出され、97年7月1日に就任した。2002年2月無投票で再選。香港基本法(憲法に相当)23条に基づき国家安全条例案を立法会(議会)に提出、反発した市民50万人の抗議デモが03年7月に起き、条例案を撤回した。
これを機に批判が強まり、中国指導部も行政手腕への不満を高めたとされる。05年3月、体調悪化を理由に辞任した。(共同)