京都市伏見区のアニメ制作会社「京都アニメーション」第1スタジオで36人が死亡し、33人が重軽傷を負った放火殺人事件で、京都府警は27日、住建造物等放火などの疑いで青葉真司容疑者(42)を逮捕した。平成以降、最悪の犠牲者数を出した事件は発生から10カ月を経て容疑者逮捕の局面を迎えた。絵を仕上げる「着色」のプロとして約20年勤めた津田幸恵さん(当時41)の父伸一さん(70)が兵庫県加古川市の自宅で取材に応じ、悲しみが今も続く胸の内を明かした。

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重いやけどの痕が顔や腕を覆う青葉容疑者。自宅のテレビに映し出された映像に伸一さんは思わず、声を上げた。「かわいそうに…」。

27日午前7時25分ごろ、京都府警から逮捕の連絡があった。「連絡後、テレビをつけておいた。ストレッチャーに横たわったままの、やけどだらけの身体を見て痛々しかった。皮膚移植した痕、やけどの痕のある手…。あれを見て、ちょっとかわいそうやなと…。そう思ってしまった」。笑った顔に涙が流れた。

伸一さんはこれまで、青葉容疑者に「どうでもええ」と思ってきた。その気持ちは逮捕の日を迎えても「特に何も感じない」と変わらなかった。容疑者の映像に一瞬だが、感情は揺さぶられたが「恨んだり憎んだりする心が湧いてこない。ただ娘が死んだ悲しみ。それだけ」と淡々と語った。

事件発生から10カ月あまり。大切な家族を失い、伸一さんは現実と向き合い続けてきた。2月に70歳の誕生日を迎えたが、運転免許証の更新はしなかった。事件後、高速道路を運転中、突然、涙があふれ出ることがあった。「ふとした瞬間に幸恵のことを思い出してしまう…。『最後は怖かったやろ、苦しかったやろ』と思ってしまう」。人に迷惑をかけないためにもハンドルを握らないと決めた。 自宅から約3キロのスーパーへの買い物など、日常生活では「足」となっていた自家用車だったが、時間とともに新しい生活にも慣れた。その直後にコロナ禍があり、日用品などが思うように手に入らないときもあった。不自由な生活の中でも人の助けがあった。「日本人って、いろいろな人がいるけど、多くの人が隣の人のことを気遣う。それがいちばんの力です」。

青葉容疑者は今後起訴され、裁判が開かれる見込みだが、本人の主張や弁護方針によっては裁判が長期化する可能性もある。伸一さんは動機を知りたいとは思わない。罪のない多くの人々の命と、家族から「日常」を奪ったことに「人としての一線を越えた。これだけは確かです」。伸一さんは静かに語った。【松浦隆司】