ラグビータウン釜石 ワインで町おこし、実りのW杯

9月に完成した鵜住居産ワインのハーフボトルが復興スタジアムのフィールドに抱かれた

東日本大震災の大津波により甚大な被害を受けた“北のラグビータウン”岩手県釜石市で今日25日、ワールドカップ(W杯)フィジー-ウルグアイ戦が開催される。

この日を目標に、試合会場「釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアム」の敷地内でブドウを育て、ワイン造りを目指すプロジェクトも、実りの時を迎えつつある。中心となったのは老舗旅館「宝来館(ほうらいかん)」のおかみ岩崎昭子さん(63)。被災地に響く、夢と希望のキックオフの笛を待ちわびる。

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夏のような日差しと潮風が吹き抜ける釜石のフィールドで、試合を翌日に控えたウルグアイの選手たちが芝の感触を確かめていた。「被災地でW杯」を合言葉に、市民らが中心となって誘致した、夢の瞬間はもうすぐ。町の各所で「ようこそ」「歓迎」の文字やポスターがおどるなど、開催の準備は万全だ。

フィールドを望む一角のブドウ畑では、緑の葉が潮風に揺れていた。今年5月に植えられたピノブランなど計6品種50本の苗木は、しっかりと釜石の地に根を張っていた。スタジアムで育てたブドウのワインで乾杯するプロジェクト「釜石ワールドスポーツワイナリー」だ。

会員制で1口1万~30万円の会費を募り、14年4月にスタジアムの敷地外で2品種156本の苗木を試験栽培した。1品種は全滅したが、昨年10月に県内の醸造所に委託して初仕込み、今月10日にはハーフボトルサイズで50本分が完成した。栽培担当の広田一樹さん(33)は「何とか間に合った。まだブドウに発酵する力もなくてボジョレー(新酒)に近いが、鵜住居で作ったという成果だ」。ワインは試作段階だが、近くの名勝・根浜海岸に生息する小玉貝の洋名から「マロード」と名付けた。

「生かされた私らには役目がある」。プロジェクトの中心となった宝来館のおかみ、岩崎さんには信念がある。8年半前、宿泊客やスタッフを裏山に避難させている途中で津波にさらわれた。「青い空が見えた。このまま死ぬんだ」と諦めた時、同じく海にさらわれた女性スタッフに手を引かれ、海水に浮かぶバスの屋根を乗り越え生きのびた。

スタジアムがある鵜住居地区は、市全体の津波犠牲者の約6割を占め、現在も空き地が目立つ。8月末時点で125世帯が仮設住宅暮らしを続ける。町には「W杯より先にやることがある」という声もある。岩崎さんは「それも正しい。間違ってない。でも、私たちには夢が必要。今、夢を語らなかったらいつ語るんですか」。強い思いで、W杯誘致とワイン作りの旗振り役を務めてきた。

無謀な挑戦だ。津波の被害を受けた土地は塩分が強く、ワインには不向きとされる。それでも岩崎さんはW杯をきっかけにワインで町おこしという夢へ、希望のスクラムを組んだ。いずれはスタジアムの敷地内にワイナリーと醸造所を設け、地元の若者たちに雇用を創出し、地域経済を復活させたいという。かつて新日鉄釜石V7で沸いた東北の小さな町。歓声響くスタジアムの一角で、復興へのもう1つのドリームゲームが前へ動きだしている。【大上悟】