武田砂鉄さん語る/国と五輪 最終回 東京大会編

安倍晋三首相(2019年7月24日撮影)

<国と五輪~オリンピックがもたらしたもの~番外編>

新型コロナウイルス感染が世界規模で拡大する中、来年7月23日に延期が決まった東京オリンピック(五輪)。この事態を乗り越え、アスリートの躍動、スポーツの感動に酔う夏を迎えたい。五輪が、その国と都市に与えた正負両面の影響について考えてきた「国と五輪」最終回は、こんな今だから、あえて五輪に批判的なライターの武田砂鉄さんに聞く。「どうする? 東京五輪」。【取材・構成=秋山惣一郎】

延期決定から日程の発表まで、ずいぶん早かったですね。誰がどのような論拠で決めたのでしょう。政治日程がとか、米国のテレビ局がとか、事情通的な裏読みを我々がする必要はない。説明が足りない、と迫ればいい。来夏までに新型コロナウイルスを終息させ、市民生活を再建するめどが立ったと言えるはずがない。誠実に説明する気がないのでしょう。来夏の東京で五輪をやりたくてしょうがなくて焦っている人の顔だけが見えます。

安倍晋三首相は「人類がウイルスに打ち勝った証し」と連呼する。最近のお気に入りのフレーズのようですが、多くの人が生活にダメージを負っている今、まだそんな安い言葉で物事を動かそうとしている。「その通り!」と思っている人って、います? でも、実際に五輪が始まって、誰かが金メダルを取れば、それが「打ち勝った証し」となり、「東京五輪は成功」と言われるんでしょう。

五輪開催に向けて、これまでにすさまじい額のお金をつぎ込んだ。で、延期で巨額の追加負担が発生する。そんなお金があるなら、ウイルス対策や生活再建のための給付、補償に回すべき。限られた人が「成功」を実感するために、どれだけの人々の痛みを放置するのか。「全員団結」と言われたって全員困っている。五輪どころじゃないです。

13年の招致運動の際に掲げられた「今、ニッポンにはこの夢の力が必要だ。」というスローガンを覚えていますか。大震災、原発事故から、わずか2年ほどの時期にカタカナの「ニッポン」に「夢の力」で「。」。空疎な言葉です。「復興五輪」とも連呼しましたが、招致の話が出たのは2005年(平17)。震災の6年も前です。「復興」も「ウイルスに打ち勝った-」も後付けです。五輪開催の意義を、適当に調達してきたのです。

暑さ対策が問題になった時、朝顔を置くとか、雪を降らせるとか、大まじめに言ってたころは、みんな笑っていた。でも、もう笑えない。異常気象や地震といった天災などリスク要因はいくらでもあったのに、何も考えてなかったことが、今回の事態で明らかになった。政府も東京都も組織委もJOCも、ただ慌てふためいている。五輪開催には、多大な経費がかかるが、経済効果がそんなに見込めないことも分かってきた。国家財政を痛め、町を荒らし、競技場は廃虚と化した例は少なくない。五輪は、もはや開催すること自体が大きなリスクです。

大阪府の吉村洋文知事が「EXPO2025」という25年大阪万博のロゴ入りジャンパーを着ています。あれを見るたび、暗い気分になるんです。そうか、五輪の後は万博か、と。札幌では30年冬季五輪招致の話もある。高度成長期の夢よもう1度とばかりに、中年向けの回春剤のように次々と用意され、「これで日本はすごいことになる」と言われ続ける。それに対し、本当にそうなのか、検証したんですか、と疑問を投げ続けるのは、しんどい作業です。

ウイルスは1年で本当に収まるのか。収まったとして国民生活は元に戻るのか。また神頼みですか。五輪の前にやるべきことをやってほしい。五輪は、中止しかないでしょう。(談)

◆武田砂鉄(たけだ・さてつ)1982年(昭57)、東京都生まれ。出版社で編集者として勤務後、14年秋からフリーに。主な著書に「紋切型社会」(新潮文庫)。TBSラジオ「ACTION」金曜パーソナリティー。「暮しの手帖」「文学界」など雑誌連載も多数。

<東京五輪・パラリンピックの歩み>

▽2005年 石原慎太郎都知事が、2016年五輪招致を表明

▽2009年 政権交代。首相に民主党の鳩山由紀夫氏。IOC総会(デンマーク・コペンハーゲン)で、16年五輪はリオデジャネイロ(ブラジル)に決定

▽2011年 東日本大震災。東京電力福島第1原発事故。石原知事4選。石原知事は、20年五輪招致へ意欲を表明。「復興五輪」を掲げ招致委設立

▽2012年 石原知事、任期途中で退任し、国政に復帰。後任に猪瀬直樹氏。自民党が政権に復帰。首相に安倍晋三氏

▽2013年 IOC総会(アルゼンチン・ブエノスアイレス)で、20年五輪は東京に。最終プレゼンに立った安倍首相は「(原発の)状況は、完全にコントロールされている」と述べた。滝川クリステルの「お・も・て・な・し」が新語・流行語大賞に選ばれた。猪瀬知事が、医療法人からの金銭授受問題で辞任

▽2014年 舛添要一氏が新知事に

▽2015年 新国立競技場の工費が、想定を大幅に上回ることが判明。当初案は白紙撤回。大会公式エンブレムの「盗作疑惑」が浮上。公募で再選定

▽2016年 仏検察当局から東京五輪招致を巡り、金銭授受の疑惑について指摘。舛添知事が政治資金を巡る公私混同疑惑で辞任。後任に小池百合子氏。費用増大を理由に都がボート、カヌー・スプリント、バレーボール、水泳の会場見直しを検討も、当初計画通りに

▽2019年 招致を巡る贈賄容疑で仏検察当局が捜査に着手と伝えられる中、竹田恒和JOC会長が退任。トライアスロンなどの会場となるお台場で基準値を超える大腸菌検出。IOCがマラソン、競歩の会場を札幌に変更

▽2020年 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で1年延期が決定