ドラえもんは「落語のよう」人間の業伝え映画40作

ドラえもん論書影

■■「ドラえもん論」杉田俊介氏の目■■

国民的人気アニメ、ドラえもんの映画最新作「のび太の新恐竜」が8月7日、全国公開される。コミック連載50年、映画版40作の節目となる作品だ。世代を超えて愛されるドラえもん映画の歴代作品は、何を描き、子供たちに何を訴えてきたのか。このほど「ドラえもん論 ラジカルな『弱さ』の思想」を出版した、批評家の杉田俊介さんに、ポイントを聞いた。【取材・構成=秋山惣一郎】

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-新型コロナウイルスの影響は、いかがですか

杉田さん 私の息子が今、小学5年生で、のび太と同じぐらいの年齢です。学校が休みで家にいましたが、ろくに勉強もせず、ゲームや動画サイトで遊んでばかりでした。もう少し何とかならないかとは思いますが、大人からすれば無駄なことのように見えても、子供なりに何かを学んでいるのでしょう。のび太を正しく導こうという当初の使命感が、やがてあきらめに変わるドラえもんの心境が分かりました(笑い)。

-それが人間らしさでもありますね

杉田さん のび太は、自分なりに努力、工夫はするけど、ドラえもんを頼っては失敗し、ダメな自分に戻ってしまう。その繰り返し。でも人間なんて、そうそう変わるもんじゃない。ダメな自分を受け入れて、何とか生きていこうよ、というのが、作者の藤子F不二雄先生の人間観だと思います。藤子F先生は、古典落語が好きだったそうです。「落語は人間の業の肯定」というのは、落語家の立川談志の言葉です。弱くて怠惰な人間本来の姿を認めるのが落語だ、という趣旨です。そんな落語のような人間観が、ドラえもんの世界にありますね。

-さて、新著「ドラえもん論」が刊行されました。1980年(昭55)から続く映画シリーズについてお聞きします

杉田さん 私が初めて見たドラえもん映画は、83年公開の「海底鬼岩城」でした。暗くて怖くて、トラウマになるほどでした。明るく楽しいはずのドラえもん映画なのに、この暗さや怖さは何だったんだろうと。そこに込められた思想を読み解こうと考えました。

-思想とは?

杉田さん 映画は、ドラえもんとのび太が、仲間たちと非日常的世界への冒険を通じて成長する、という基本構造を持っています。そこに政治、宗教、科学技術、生物進化と4つテーマが絡み合って、物語が進んでいく。子供向けの作品でありながら、人間につきまとう暗さ、危うさをごまかさずに描いている。だから大人でも楽しめるんですね。重いテーマをエンタメ作品として完成度高く作り上げる超絶技巧。藤子F先生の作劇テクニックのすごさです。

-例えば、どんな作品ですか

杉田さん 「鉄人兵団」(86年公開)は、4つのテーマが総動員されたシリーズ初期の傑作です。戦争をやめられない人類に絶望した科学者が、ロボット(鉄人)の楽園を作るが、やがてロボットは進化して、また戦争を繰り返す。暴力の連鎖を断ち切るためには創造主に頼って、ロボットの歴史そのものを消し去るしかない、というストーリーです。虚無主義的で、ぞっとするような話を、笑いやユーモアを交えて一級のエンタメに仕上げている。子供には見せたくないと思いつつ、やっぱり見てほしい作品です。

-子供には難しいのでは?

杉田さん 「アニマル惑星」(90年公開)や「雲の王国」(92年公開)は、環境問題や科学の暴走などメッセージ性の強い作品で、当時は「ドラえもんの政治化」と批判的に語られました。しかし、50年も前に学年誌で連載が始まった当初から、戦争、ジェンダー、環境など、現在に通じる問題意識が流れています。一例を挙げれば、コミックの第1話に、のび太が、タケコプターをズボンにつけて空を飛ぶシーンがあります。しかしズボンが脱げて、のび太は落下して傷だらけになる。魔法のような未来の秘密道具への希望と、使い方を誤ると悲惨なことになるというメッセージが、同時に語られるわけです。子供は、そんな両義的なメッセージも、感覚として受け止めていると思います。

-藤子F先生は「ねじ巻き都市冒険記」(97年公開)を前に亡くなります。その後のシリーズは?

杉田さん 「ひみつ道具博物館」(13年公開)や「月面探査記」(19年公開)など、藤子F先生の思想を受け継いで、新たな展開に挑んだ意欲作もあります。しかし、興行的に成功しても、質はいまひとつという作品もある。売れることが大切だという考え方もあるでしょうが、これからも長く、子供たちに愛され、大人の鑑賞に耐える作品を作り続けてほしい。そこは見守っていきたいと思います。

◆杉田俊介(すぎた・しゅんすけ)1975年(昭50)、神奈川県生まれ。批評家。00年代に、バブル崩壊後に就職を迎えた世代、いわゆる「ロスジェネ」問題をテーマにした論考で注目される。文学やサブカルチャーを中心に批評活動を展開。著書に「宮崎駿論」「長渕剛論」「非モテの品格」など。3月に最新刊「ドラえもん論 ラジカルな『弱さ』の思想」(Pヴァイン)を刊行。

▼ドラえもん映画ヒストリー

のび太の恐竜(1980年公開)

のび太の宇宙開拓史(81年)

のび太の大魔境(82年)

のび太の海底鬼岩城(83年)

のび太の魔界大冒険(84年)

のび太の宇宙小戦争(85年)

のび太と鉄人兵団(86年)

のび太と竜の騎士(87年)

のび太のパラレル西遊記(88年)

のび太の日本誕生(89年)

のび太とアニマル惑星(90年)

のび太のドラビアンナイト(91年)

のび太と雲の王国(92年)

のび太とブリキの迷宮(93年)

のび太と夢幻三剣士(94年)

のび太の創世日記(95年)

のび太と銀河超特急(96年)

のび太のねじ巻き都市冒険記(97年)

のび太の南海大冒険(98年)

のび太の宇宙漂流記(99年)

のび太の太陽王伝説(00年)

のび太と翼の勇者たち(01年)

のび太とロボット王国(02年)

のび太とふしぎ風使い(03年)

のび太のワンニャン時空伝(04年)

のび太の恐竜2006(06年)

のび太の新魔界大冒険~7人の魔法使い~(07年)

のび太と緑の巨人伝(08年)

新・のび太の宇宙開拓史(09年)

のび太の人魚大海戦(10年)

新・のび太と鉄人兵団~はばたけ天使たち~(11年)

のび太と奇跡の島~アニマルアドベンチャー~(12年)

のび太のひみつ道具博物館(13年)

新・のび太の大魔境~ペコと5人の探検隊~(14年)

のび太の宇宙英雄記(15年)

新・のび太の日本誕生(16年)

のび太の南極カチコチ大冒険(17年)

のび太の宝島(18年)

のび太の月面探査記(19年)