不安感は?恐怖感は?ワクチン接種でコロナどうなる

人間に感染する7つのコロナウイルス

<ニュースの教科書>

ワクチン争奪戦に出遅れ、想定通りに進んでいませんが、医療従事者に続き、65歳以上の高齢者へのワクチン接種が4月12日に始まる見通しになりました。接種が進むと、新型コロナへの不安感や恐怖感も変わってくるのでしょうか。人間に感染するコロナウイルスは7つです。うち4つは誰もがかかったことがある、ただの風邪。新型コロナはこの先どうなるのか。東京農工大の水谷哲也教授(ウイルス学)に聞きました。

■人間に感染「7つ」

人間に感染するコロナウイルスは新型コロナを含め7つ。水谷教授によると、ほかに1964年に初めて電子顕微鏡で見つかった「B814」など4つのヒトコロナウイルスがありましたが、消滅しました。コロナの名を広く世に知らせたSARSも2005年以降、感染者は見つかっていません。

SARSはウイルスを持つコウモリからハクビシンやタヌキにうつり、感染したハクビシンやタヌキを捕獲した人から市中に広がりました。水谷教授は「もうハクビシンやタヌキにもいないんじゃないかと思います。今はウイルスが出てきたら絶対分かるんですよ」と話し、SARSは中国南部の洞窟にすむコウモリの一部に残っているかどうかの状態になっているとみています。

SARSも消滅したとすれば、残るのは風邪を起こす4つのコロナウイルスと、中東で散発的に発生するMERSです。MERSは人から人へ次々と感染することがない局地的なウイルスです。新型コロナはこれから、これまでに現れたコロナウイルスのように、ただの風邪になったり、消滅したりするのでしょうか。

注目されているのが1890年ごろ、出現したと推定されている「OC43」です。ちょうどその時期、ロシア風邪が猛威を振るいました。インフルエンザでは見られない症状を伴っていたことから、水谷教授によると「インフルエンザではなくOC43だったのではと考える研究者がいる」そうです。

■長期的には弱毒へ

OC43が電子顕微鏡で確認され、初めて論文発表されたのは1970年です。「そのときはもう風邪のウイルスでした。OC43がロシア風邪の原因となった強毒なウイルスだったとしたら、最大見積もって80年間で弱毒化したことになります。新型コロナも長いスパンで見れば、弱毒化していくと思います」。

ただ、既に弱毒化していると考えることもできるといいます。「SARSはSARS-CoV1で、新型コロナはSARS-CoV2です。新型コロナはSARS-CoV1が弱毒化した形とみれないわけでもない。本当に強毒だったら、今みたいに無症状者、軽症者が出ることはないんじゃないですか」。新型コロナがただの風邪になる日を待望する声に、水谷教授は「何年すると弱毒化するか分かりません。そんな日を待つより、ワクチンでたたくべきですよ」と話していました。

■「副反応」確率低い

世界で最も接種が進んでいるイスラエルは2月26日、923万人の国民の半数が1回目の接種を終え、2回の接種を完了した人も35%になったと発表しました。発症者は94%、重症者は92%減少したといいます。

「新型コロナの死亡率は2~3%です。これを抑えることができたら、随分印象は変わります。10分の1になれば、インフルエンザと一緒という心理状態になります」(水谷教授)。インフルエンザの致死率は0・1%です。

懸念された副反応も米疾病対策センターの集計では最も重いアレルギー反応であるアナフィラキシーの発生率は100万回に4・5件。22万回に1件で、年末ジャンボ宝くじで3等の100万円が当たる確率(20万分の1)より低いと考えれば、そう怖がらなくてもよさそうです。

ワクチン接種がどこまで進めば、集団免疫ができるのでしょうか。これまで新型コロナは実効再生産数から60%の人が抗体を持てば集団免疫を獲得できるといわれてきました。「ブラジルのマナウスは昨年10月の時点で抗体陽性率が76%になったにもかかわらず、年末から感染者数が増えました。理論的には76%もあれば、実効再生産数は1を切り、感染者数は減るはずです。測り方が甘く抗体陽性率が76%もなかった可能性もありますが、変異株が広がって感染者を増やした可能性があります」。

■厄介な変異株出現

変異株をめぐっては、南アフリカが「南ア型の変異に対して予防効果が低い」としてアストラゼネカのワクチンの使用を見送りました。ジョンソン・エンド・ジョンソンは米国での発症予防効果は72%、南アでは57%だったという治験結果を発表しています。変異株には効かないとなると、厄介です。

「全く効かないわけではなく、多少効きが悪くなる程度だと思います。変異に対応したワクチンも治験をもう1度しなければいけませんが、短期間でできます」。ただ、遺伝子ワクチンは今回初めて実用化され、効果はどのくらい持続するか分かっていません。「生ワクチンは20年ぐらい持つとか、従来のワクチンなら知見がありますが、mRNAワクチンがどれぐらい持つかは未知の領域です」。

マスクなしの生活に戻れる日は来るのでしょうか。カギとなるのは「ワクチンの接種率と有効期間の2つ」と水谷教授は言います。「前提として全世界が打たなければいけない。貧しくて打てない国があると、収束しません。そして2年に1回はワクチンを打ち続けなければいけないかもしれないと覚悟しておいた方がいいと思います」。

WHOも「一部の国だけ免疫を持つ人が増えてもパンデミックを抑えることにはつながらない」と表明しています。しかし、世界にはワクチンを忌避する人も多く、「ワクチンは危険。供給は受けない」と発表したタンザニアのような国もあります。ハードルは続きそうです。【中嶋文明】

◆SARS 2002年11月、中国・広東省で発生し、30を超える国・地域に拡大した。高病原性で重症肺炎を起こす。8069人が感染し、775人が死亡した(致死率9・6%)。無症状はなく、感染者が判別できたことから、隔離で新たな感染を防ぎ、封じ込めに成功した。WHOは03年7月、終息宣言した。

◆MERS 2012年9月、サウジアラビアで発生し、22カ国で2494人が感染、858人が死亡した(致死率34・4%)。ヒトコブラクダから感染し、重症呼吸器疾患を起こす。感染力は弱く、人から人に次々とうつることはないが、現在も収束していない。

◆ロシア風邪 1889年、ロシアから広がり、世界で100万人以上が死亡した。日本では翌90年(明23)に流行。歌舞伎演目「野崎村」のお染・久松から、病よけに「久松留守」「お染御免」と軒に張り札する家が続出し、「お染かぜ」と呼ばれた。

◆実効再生産数と集団免疫 実効再生産数は1人の感染者が何人に感染させるかを示す。感染力の強いはしかは12~18、新型コロナは1・4~2・5。一定以上の割合の人が免疫を持つと、感染が減る集団免疫は実効再生産数で変わり、{1-(1÷実効再生産数)}×100で算出される。新型コロナは2・5で計算すると60%。ワクチンの有効率は100%でないため、接種はもっと必要で、有効率70%なら最低でも84%の人が接種しないと、集団免疫はできない。

◆ワクチン 毒性を弱めた細菌やウイルスを使う生ワクチン(結核、はしかなど)、感染力を完全に失わせたウイルスを使う不活化ワクチン(インフルエンザ、日本脳炎など)に対し、mRNAワクチンはウイルスそのものは使わず、遺伝情報を利用して体内にウイルスと同じ配列のタンパク質を人工的に合成して免疫反応を起こす。変異株も配列が分かれば作成でき、開発スピードは速い。

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◆中嶋文明(なかじま・ふみあき)81年入社。水谷教授に初めて話を聞いたのは、緊急事態宣言が発令された昨年の4月7日でした。2度目の緊急事態宣言は5日、再延長が決まりました。気が遠くなるような新型コロナとの闘いですが、今回、水谷先生は「でも終わりは見えてきたと思いますよ、本当に」と言いました。ワクチンはそれほど強力な武器です。ワクチン(vaccine)の語源はラテン語のvacca(雌牛)。牛痘から天然痘ワクチンを開発したジェンナーと、その研究に貢献した雌牛ブラッサムへの敬意を込めた言葉です。

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