国産ワクチンの現状 国内感染者少なく治験進まず世界から周回遅れ

国産ワクチンの開発状況

<ニュースの教科書>

今日12日から65歳以上の高齢者への新型コロナのワクチン接種が始まります。ただ、供給量は限られ、今週中に自治体に届くのは約5万人分。65歳以上約3600万人の0・1%分ほどです。今、世界はワクチンの大争奪戦で、日本で唯一認可されているファイザー社のワクチンを輸入するにも工場のあるEU(欧州連合)の承認がその都度必要です。国産のワクチンがあればいいのに…。一体どうなっているのでしょう。【取材・構成=中嶋文明】

国産ワクチンを巡っては小池百合子都知事が「他の国に頼ってばかり。早急にやってほしい。もともと創薬は日本が強いはず」としびれを切らし、菅義偉首相は国会で「国内での開発、生産体制の確立は極めて重要な危機管理」と度々答弁しています。

新型コロナのワクチンはこれまで米国、英国、中国、ロシア、インドが開発に成功しています。日本は5社が開発中ですが、治験(臨床試験)の第1相、第2相段階。昨年6月、治験を開始し、最も先行しているアンジェスは特例承認を受けて今春の実用化を目指していましたが、審査を行う医薬品医療機器総合機構(PMDA=パンダ)から大規模な第3相試験を求められ、足踏みしています。

ファイザーは世界6カ国で4万人規模の治験を行いました。海外に比べ感染者が少ない日本(人口10万人当たりの感染者は米国9298人、日本385人=約24分の1)では数万人の参加者を集めて、ワクチンと偽薬を接種しても発症者数、重症者数の差などワクチンの効果は確かめにくく、数十万人の参加者が必要になるとされます。PMDAは「海外での治験も選択肢のひとつ」としていますが、すでに有効なワクチンがある中、未承認のワクチンと偽薬を投与すること自体、是非が問われます。

アンジェスは東南アジアで3万人規模の治験を計画していますが、仮に今夏、開始できたとしても慎重なPMDAは「1年の観察期間が必要」としているため、治験終了は来夏。実用化は早くて来年になってしまいます。ファイザーのワクチンが特例承認されたのは2月14日。モデルナとアストラゼネカのワクチンも5月には特例承認される見通しです。国産ワクチンはなぜ周回遅れになってしまったのでしょう。

政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は「個々の企業は本当に頑張ってますけど、グローバルなスケールという意味では、欧米の非常に競争力の強いものに対して少しスケールメリットが(小さい)ということだと思います」と話します。

研究開発費はファイザーの86億5000万ドル(約9515億円)に対し、第一三共が1974億円、塩野義製薬が479億円。モデルナは2010年創業のベンチャーですが、今回、9億5500万ドル(約1050億円)の補助金を獲得し、米政府がワクチン1億回分を15億2500万ドル(約1677億円)で買い取る契約を結びました。

一方、1999年創業の同じベンチャー、アンジェスが今回得た補助金は研究費20億円と生産体制等緊急整備事業費93億8000万円です。「スタートレック」の超光速宇宙航法にあやかり「ワープスピード作戦」とネーミングされた米国の官民連携プロジェクトの予算100億ドル(約1兆1000億円)に対し、同じ時期、当時の安倍内閣が第1次補正予算で計上したワクチン開発費は100億円。アベノマスクの当初予算466億円(最終的に260億円)より少ないものでした。

1980年代、日本はワクチン開発のトップランナーでした。世界初の無細胞百日ぜきワクチン、水痘ワクチンの開発に成功し、各国が競って導入しました。しかし、90年代になると、副反応による健康被害を訴える訴訟が相次ぎ、裁判で国の責任が認定されました。国はワクチン接種を義務から勧奨(努力義務)に変えました。接種率は低下し、少子化も加わってワクチン需要は急減しました。

製薬会社も開発に時間がかかり、副反応のリスクがあるワクチンは株主の理解が得にくいとして、生活習慣病やがん予防にシフト。「ワクチンギャップ」と呼ばれる不遇の時代が続き、国産ワクチンはどんどん競争力を失ったのです。

田村憲久厚労相は「日本はいろいろ問題があってなかなか取り組みづらかった」と言葉を濁しますが、「新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実」の著者・峰宗太郎さん(米国立研究機関博士研究員)は「ワクチン禍で集中的な投資が弱まり、スピードアップする体力がなかった」と分析します。

東京農工大の水谷哲也教授(ウイルス学)によると、コウモリ起源のコロナウイルスは02年のSARS、12年のMERS、19年の新型コロナのほかに、17年にも中国で豚が2万4000頭以上死ぬSADSが出現しているそうです。新型のコロナウイルスの出現サイクルは短くなり、新たな感染症は今後も襲ってきます。「自前のワクチン製造技術は絶対必要」と水谷教授は話しています。

◇組み換えタンパクワクチン 遺伝子組み換え技術で昆虫の細胞を使って新型コロナの表面にあるスパイクタンパク質を作成し、投与する。

◇mRNAワクチン ウイルスの遺伝子情報を投与。体内で新型コロナのスパイクタンパク質と同じ配列のタンパク質を人工的に合成する。

◇DNAワクチン 新型コロナのスパイクタンパク質の遺伝情報を大腸菌でつくるプラスミド(遺伝子の運び屋)に載せ、投与。体内でスパイクタンパク質を発現させる。

◇不活化ワクチン 従来型でインフルエンザなど多くのワクチンで使われている。不活化した(毒性、感染能力をなくした)新型コロナウイルスを投与する。

◇ウイルスベクターワクチン アデノウイルスなど弱毒性のウイルスベクター(運び屋)に新型コロナの遺伝情報を載せ、投与。体内でスパイクタンパク質を合成する。

◆中嶋文明(なかじま・ふみあき)81年入社。最近、「Our World in Data(アワ・ワールド・イン・データ)」という英国の統計サイトを毎日のように見ています。日本の新型コロナワクチンの接種数は悲しくなるほど少なく、G7(主要7カ国)はもとより、OECD(経済協力開発機構)加盟37カ国でも最下位。世界110位台です。つい先日、男女格差はG7で最下位、世界120位と発表されました。似ていると感じた人は多かったようで、朝日川柳に「ジェンダーと ワクチン接種 下位競う」という句が掲載されていました。