右肩上がりのアナログレコード「時代遅れイメージ」間違い、大手も生産復活

関口台スタジオにあるカッティングマシン。手前はダイレクトカッティングで製作したアルバム

<ニュースの教科書>

新型コロナウイルス感染症のパンデミックが続く中、音楽業界で世界的変化が起きている。アナログレコードが健闘しているのだ。アメリカやイギリスではアナログレコードの売上高が、CDを上回る勢いを見せている。日本でも発売枚数や金額が右肩上がりで、ノスタルジーではなく、若い世代にムーブメントが起きている。人気アーティストも積極的にアナログ盤を発表。レコード会社も製作に力を入れている。アナログレコードの現状を取材した。【笹森文彦】

昨年秋、驚きのニュースが流れた。全米レコード協会の20年上半期の調査で、86年以来34年ぶりにアナログレコードの売上高がCDを上回ったのだ。ストリーミングなど音楽配信サービスの普及で、CD需要が激減したことが大きい。同協会は加えて「新型コロナ対策の外出制限で消費者が家庭でじっくり音楽を楽しむ時間が増え、レコード販売を押し上げている」と分析している。傾向はイギリスでも同様で、英国レコード産業協会は21年には逆転すると予測している。

日本ではまだCDが強いが、アナログレコードの発売は新作、旧作問わず確実に増えている。最近では星野源やMr.Childrenの新作アナログ盤が、CDとともに好調な売り上げを記録した。他にもPerfume、あいみょん、堂本剛ら多くのアーティストが発売している。

またアニメ映画「天気の子」(主題歌RADWIMPS)や「鬼滅の刃」(同LiSA)、「シン・エヴァンゲリオン劇場版」(同・宇多田ヒカル)などの音楽が、アナログ盤でも発売された。仮面ライダー生誕50周年記念「Kick in Your Heart!」(日本コロムビア)は4月末に、LP4枚入りBOXで発売された。

アナログレコードの魅力は「独特の音質」「ジャケットのインテリア性」「所有の満足感」。そして「自らプレーヤーを操作して聴く音楽との向き合い方」などにある。時代遅れのイメージは大きな間違いだ。

東洋化成はアナログレコード製作の老舗で、60年以上にわたりレコード会社などから受注したアナログ盤を製作している。国内外に販売網も持つ。同社が製作した「千と千尋の神隠し」などスタジオジブリ作品のアナログ盤シリーズは、10万枚を突破した。同社営業本部長の本根(ほんね)誠氏は「わが社は『懐かしい』という言葉は禁句です。マーケットを引っ張っているのは若い人で、ずっと30代男子が中心。今は20代女子にどう広めるか考えています」と語る。

15年にサブスクリプション(膨大な曲数を聴ける定額制の音楽配信サービス)が始まった時は、さすがにアナログ文化の終焉(しゅうえん)を覚悟した。しかし、逆にそれが奏功した。「サブスクを通して好きなアーティストに出会い、アナログに流れて来ている。サブスクが気づきのきっかけなんです」。さらに体験型であることが若い人に受け入れられているという。「音楽フェスに飛行機や列車を乗り継いで行き、雨でびしょぬれになっても音楽を満喫しますよね。その体験、過程が楽しいんです。アナログレコードを聴く操作は面倒くさいです。針を下ろし、A面B面をひっくり返したり。でもその体験型がいいんです」。

大手レコード会社のソニー・ミュージックエンタテインメントは、18年にアナログレコードの自社生産を29年ぶりに復活させた。アナログ専門レーベル「GREAT TRACKS」で、新作や数々の名盤をアナログ化。国内発売はもとより海外輸出している。ソニー・ミュージックダイレクトの制作グループ副本部長の兼平裕巳氏は「近い将来、音楽はデジタルとアナログの両極端に進んで行くと思う。アナログにはクラブ文化、フェス文化など世界的なニーズが確実にある。音楽を聴くすべての媒体のリーディング・カンパニーとして、アナログも手厚くしていきたい」と語る。

キングレコードの関連会社のキング関口台スタジオ(東京・文京区)は19年秋から、録音スタジオの生音を併設する部屋でダイレクトにレコードの元となるラッカー盤に刻み込む業務を開始した。「ダイレクトカッティング」で国内では唯一、世界でもイギリスのアビーロードスタジオでしかできないという技術である。やり直しができないため緊張感あふれる収録となるが、その空気の波動までも刻み込むような、臨場感あふれる音が生まれる。経営本部長代理の高橋邦明氏は「04年にアナログ製作は停止し、機械は倉庫に保管されていました。昨今のレコード事情や、若いユーザーの音質に感動したという声などから、再稼働を決めました」。これまでジャズの井筒香奈江や八木隆幸トリオのLPを製作した。高橋氏は「カッティングなどの技術を継承していくことが大切です」と話した。

販売する側の東京・山野楽器銀座本店ではジャズなどの輸入盤だけでなく、レコード針、最新のレコード洗浄液など関連商品を常備。プレーヤーも販売している。相乗効果で、プレーヤーの需要も伸びている。神尾孝弥マネジャーは「長い間のファンは集めたLPなどを簡単に捨てられません。愛用のプレーヤーが動かず買い替えたいなど、若い方の需要だけでなく、古くからの愛好家の要望にも応えていきたいと思います」と話した。

コロナ禍のステイホームを、アナログレコードの音色とともに過ごしてみてはいかがだろう。

◆笹森文彦(ささもり・ふみひこ)北海道札幌市生まれ。83年入社。初めて買ったレコードは、ピンキーとキラーズの「恋の季節」(68年)。新人のころピンキーこと今陽子さんを初めてインタビューした際、ドッと汗。「どうしたの?」と問われ「初めてレコードを買った方に会えて緊張しています」と答えると、「大丈夫よ」とやさしくほっぺをなでてくれた。所有するLPの大切な1枚は「ミスター・ナーヴァス」(八田雅弘)。血液型A。

◆アナログレコード アナログディスクとも言う。主にポリ塩化ビニールの円盤両面に、音声などの振動を刻み込む記録媒体のこと。刻まれた溝に針を接触させることで音が再生される。種類は創生期のSP(スタンダード・プレー、78回転)、LP(ロング・プレー、331/3回転)、EP(エキストラ・プレー、45回転)など。直径30センチのLPの収録時間は片面約30分。EPと同形状だが、ジュークボックスの自動再生用に開発されたのが一般的なシングルレコード(45回転、収録5~8分)で、ドーナツ盤とも言う。回転とは1分間の回転数で、45回転を33回転で聴くとスローになる。ちなみにCD(コンパクト・ディスク)は、音楽をデジタルデータで保管する光学ディスク。

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■4年連続で100万枚超え

アナログレコードの健闘は、一般社団法人日本レコード協会のデータにも表れている。同協会が20年度の概況をまとめた「Statistics Trends(統計的傾向) 日本のレコード産業2021」によると、20年度はコロナ禍でアナログレコードも前年比は下回った。それでも4年連続で邦盤、洋盤の総発売枚数は100万枚を超え、3年連続で生産金額(卸価格)も20億円を超えた(別表参考)。CDは総発売枚数1億400万枚と桁違いだが、13年以降減少し続けており、アナログレコードの堅調さが目立つ。

同協会企画・広報部の丹野祐子部長は「82年にCDが登場して、レコードの総発売枚数は09年に最低の10万2000枚になりました。今はその10倍です」。70年代に約2億枚発売された最盛期とは比べものにはならないが、ストリーミングなど音楽配信が勢いを増す中で存在感を示している。

丹野部長は「日本は海外に比べCDなどのパッケージがまだまだ強い。特典など付加価値を付け、1曲で何タイプも出したり。物として持っておきたいという国民性もある。レコードの需要もさらに高まるでしょう」と話した。

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■2つのレコードイベントも効果

2つのイベントが堅調なアナログをけん引している。1つは08年にアメリカで始まった「RECORD STORE DAY」。町のレコード店に足を運んでもらい、レコードを手にする楽しさを実感してもらおうと始まった。今では世界23カ国に広まった。日本では国内250前後の店舗が参加する。コロナ禍で今年は6月12日と7月17日に分けて実施予定だ。もう1つが7年目を迎える日本独自のイベント「レコードの日」で毎年、文化の日でレコードの日でもある11月3日に開催されている。こちらはネット販売もある。

いずれも多数の限定盤が発売される。両方を主導する東洋化成の本根氏は「イベントで、シティー・ポップやアニソンなどにもアナログ化が広がった」という。今ではタワーレコードやHMVなど大型店にもコーナーが設けられている。