売り上げ減、厳しい音楽業界「日本で最もCDセールスした男」稲垣氏に聞く

日本の音楽市場の今後について語る稲垣博司氏

<ニュースの教科書>

CDの長期セールス低下に加え、頼みのライブはコロナ禍で制限がかかり、音楽業界は厳しい状況に追い込まれている。アニメやゲームなど光明は見えるものの、誰もが知る大ヒット曲が出なくなって久しい。それでもCD販売に頼るレコード会社はどこに向かうのか。ソニーやワーナーの要職を経験し日本で最もCDをセールスした男と呼ばれた稲垣博司氏(80)に今後の業界の見通しを聞いてみた。そして、レコード会社の次の鍵となるかもしれないユニバーサルミュージックの音楽配信代行サービスも取材した。【竹村章】

同じパッケージメディアの新聞業界が他業界を言えた義理ではないが、音楽業界も厳しい。CDやビデオなどの売り上げは、ピークの98年には6074億円もあったが、20年には1994億円にまで落ち込んだ。一方、ライブ市場は好調で、ここ10年間で市場は2・6倍に拡大されたが、ぴあ総研によると、20年のライブ市場はマイナス86・1%で、前年の4237億円から589億に落ち込んだ。

コロナ禍さえ落ち着けば、ライブ市場は元に戻るというのが業界の共通の見方。生の歌声や演奏、ステージの共有は、ユーザーにとってデジタルへの置き換えが難しいとみられるからだ。それでも、音楽ソフトの売り上げが戻ると見る人は少ない。配信やサブスクなどの売り上げは伸びてはいるがCDの落ち込みをカバーするまでには至らない。

売り上げの減少が続くと、発掘→育成→プロモーション→流通までを一手に引き受けてきたレコード会社の仕事の範囲が減る可能性も高い。メジャーデビューという言葉の重みが軽くなって久しいが、レコード会社は今後、どこに向かっていくのだろうか。

-日本はなぜCDが生き残ったのですか

稲垣氏 私が創業メンバーだったCBSソニー(当時)はCD技術に明るく旗振り役でした。だからCDを売ろうと。アメリカはアナログのカセットテープを安くしましたが、日本は値段は一緒。必然的にCDが売れました。

-ポストCDは考えなかった?

稲垣氏 80年代の末、技術者はCDの進化は部分的でしかなく次はチップになると。そして通信になると言っていました。

-それでもCDが売れたので固執した

稲垣氏 海外は配信が進み、パッケージの売り上げは2割ほど。でも、日本は再販制度で、全国どこでも新譜でも旧譜でも値段は一緒だから、今でも日本はCDの売り上げが残っている。CDの再販が撤廃されそうにもなったのですが、新聞や出版と同じ著作物なのにCDだけ区別していいのかとレコード協会が主張したら新聞協会も反対にまわってくれました。CDの再販維持は新聞協会のおかげだと思っています。

-でも、再販制度のためにCDの価格は安くなりません

稲垣氏 たしかに、あぐらをかいていた部分はあるかもしれません。サブスクなどはCDを買わない人も安く聞けますからね。ただ、レコード会社は2割のヒットでほかの8割をカバーします。文化としてではなく、単なるビジネスとして売り上げ至上主義に陥ると、CDが流通しないアーティストも出てくるかもしれません。

-日本のレコード会社はどうなる

稲垣氏 私がいうのもせんえつですが、AからCグループくらいにすみ分けができるでしょう。Aグループはこれまでと同じ仕事を、Cグループはあるジャンルやターゲットに特化した専門の会社になるかもしれません。映画会社も昔はたくさんありましたが今では大手は東宝、東映、松竹3社に収れんされました。

-仕事としては

稲垣氏 ノウハウ、資本力、マンパワーというレコード会社がもつ機能の影響力が低下してきたことは否定しません。音楽は聴くもの、見るものから、カラオケの普及で作るもの、歌うものも加わった。今はDIYというか、アプリの普及で音楽を作る時代でもあるのです。

-レコード会社は必要がないと

稲垣氏 いえいえ。ある程度の認知は進んでも、さらに大きなヒットにするにはメジャーの力が必要です。YouTubeにはあらゆる作品が披露されていますが玉石混交。すべては見ていられない。やはり知見のある人が選んだ作品をユーザーは望むのでは。それと、1作目は作れたとしても、2作目、3作目と続けていくにはレコード会社のノウハウが必要です。インスタント食品やレトルト食品は進化しましたが、それでもレストランはなくならない。やはりプロの作った商品をユーザーは求めているのでは。ヘッドホンではわかりづらいかもしれませんが、質の高いサウンドを求めているユーザーはいると思います。

-大御所になればレコード会社はいらない

稲垣氏 それはCDの売り上げとは別の話です。私は日本のプロダクションシステムもきしみ始めたとみています。アメリカのシステムになるのでは。エージェントがアーティストを抱えるのは不可能になるのでは。アメリカの場合、本人以外は渉外弁護士、ツアーマネジャー、秘書だけですから。

-結果的に芸能事務所もレコード会社も利益がないと次世代に投資できません

稲垣氏 もうけているのはGAFA。私は土管屋と呼んでいます。アーティストになるハードルは下がりましたが、富の偏在に気付いていないことが問題だと思います。

◆稲垣博司(いながき・ひろし)1941年(昭16)三重県生まれ。64年に早大卒業後、渡辺プロダクションに入社。70年にCBSソニーレコード(現SME)の創業者の1人として招かれ、松田聖子、尾崎豊らを見いだす。92年同社代表取締役副社長、96年SMEアクセル代表取締役社長。98年にワーナーミュージック・ジャパン代表取締役会長。04年にエイベックスに入社。その後、エイベックス・エンタテインメント代表取締役会長を経て、同社顧問。50年にわたり日本の音楽業界をリードし、多くのスターを輩出した。日本で一番CDをセールスした男と呼ばれる。

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■アマが手軽に作曲、演奏「スピンナップ」で世界的ヒットも

今年2月、日刊スポーツ北海道版に、札幌の女子高生の記事が掲載された。2人組テクノバンド、LAUSBUB(ラウスバブ)が楽曲「Telefon」をドイツの音楽プラットフォーム「サウンドクラウド」で発表したところ、BTSなどを抑えて週間チャート1位になったという。

曲は高校の軽音楽部の大会向けに作った。iPadのアプリ「ガレージバンド」を使用しメロディーラインを作る。どんな楽器でどんな音を出すのかを指定すれば自動でメロディーを奏でるそうでスマホで歌声を録音。DIYアーティストといわれるゆえんだ。高い演奏技術がなくても、ギターがあまり弾けなくても、楽曲は作れるという。

先月には、茨城在住の日本人音楽プロデューサーがビルボードのヒットチャート1位に名前を刻んだことがニュースになった。時の人はドリルダイナシティさん。米ラッパー、リル・ダークのシングル「THE Voice」にプロデューサーとして参加した。ドリルさんは地元のクラブでDJをスタートさせたが、譜面が読めるわけでもない。自身が気持ちのいいメロディーラインを楽器で演奏し、楽曲を作りインスタでDMを送り続けたことで採用されたという。

このようなアマチュアミュージシャンを手助けするシステムが、ユニバーサルミュージックが手掛けるスピンナップだ。世界中の主要ストリーミングに配信するサービスで13年に欧米でスタート。日本でも昨年6月に始まった。

管理価格は2曲までだと年間990円。アップロードさえすれば、審査の上、日本を含む世界の60以上のサイトに配信される。収益は100%、アーティスト本人に還元されるシステムだ。レコード会社の実入りは少ないが、担当するベンマンロー氏は「もうけるビジネスではなく、新人を発掘することが大切です」と話す。コロナ禍による巣ごもりからか、送られてくる楽曲のクオリティーも上がっているという。「十数年前と比べると、機材もお金もかけずに楽曲を作れるようになった。スマホやタブレットさえあれば作れる。確かにスキルも重要ですが、楽曲理論や音譜が読めなくても曲は作れるようになりました」。

詳細な数字は非公開だが、スピンナップには毎日、たくさんの曲が送られてくる。音楽ソフトなども使いスタッフが審査。クリアすれば、翌日には各サイトに配信されるという。ただ、配信されたからといってすぐにユーザーに聴かれるわけでもない。スピンナップのSNSなどでPRなどはするが、やはり自身のSNSなどでの宣伝などが必要だ。ベンマンロー氏は「アーティストがSNSでオーディエンスを作ることが大切。ただ、ユニバーサルというブランドの信頼性とか、多少の優遇はあるのかもしれません」。

すでに、スピンナップから3組のアーティストがユニバーサルからメジャーデビューしている。ジョナタン、あれくん、そして3人組メタルバンドのLa nuitだ。日本人とペルー人を両親にもつジョナタンは音楽サイト、スポティファイで注目され昨年12月にメジャーデビュー。あれくんも「好きにさせた癖に」がYouTubeで750万回超も再生されたほか、ラインミュージック総合チャート17位にランクインした。

今は、ライブハウスなどをまわり未来のアーティストを見つけたなどという牧歌的な時代ではないようだ。レコード会社のディレクターは、ネット上で有望な音源を探すのが重要な仕事になっている。それだけに、ユニバーサルミュージックでは、スピンナップに送られた中からセレクトした音源を社員で共有しているという。ベンマンロー氏は「メジャーデビューへのチャンスは増えたけど、その分、競争が激しくなっている」と話している。

◆スピンナップ ユニバーサルミュージックが世界中の主要ストリーミングサービスに配信する、デジタルプラットフォーム。13年に、スポティファイが生まれたスウェーデンからスタートした。これまでに全世界で十数万人のアーティストが楽曲を登録し、100組以上のアーティストがメジャーレーベルの契約を締結した。日本では、1~2曲までの年間管理料が990円、3~6曲まで2390円、7~25曲まで4490円。楽曲収益は100%アーティストに還元。SNSの分析や再生回数のリポートなどもしてくれる。