タブレット純、引き語りに物まねも…新しい教養の形を示す

戦後の歌謡史について語ったタブレット純(撮影・浅見桂子)

<オトナのラジオ暮らし>

教養で腹がふくれるか? 文化で懐が潤うか? それにつけても金の欲しさよ-。そんな空気が社会を覆う日本で、NHKは文化や教養、教育番組を放送するラジオ第2の削減も検討、と伝えられる。教養軽視の時代にあって、ラジオが担う教養とは。NHKの役割とは。ラジオ第2の教養講座を担当したお笑いタレントのタブレット純さんのお話に、識者の意見も交えて「ラジオと教養」を考える。【取材=秋山惣一郎】

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-NHKラジオ第2(R2)の教養番組「カルチャーラジオ」(日曜カルチャー)で5月、「レコードで楽しむ昭和歌謡史」を5週にわたって担当しました

タブレット純(以下タブ純) R2は子供のころ、よく聴いていました。楽になりたい、何も考えたくない夜は、気象通報をずっと。放送終了時に流れる音楽も好きでしたね。何分か流れてすっと消えて、あとは沈黙。死を見届ける感じ。R2の教養番組に自分が出るなんて、どう考えてもないと思っていたので、出演の話をいただいた時は、信じられない思いでした。

-古い歌をご存じですね

タブ純 自分が生まれる前の時代にロマンを感じるんです。戦後の混乱期から高度経済成長を経て安定に至る時代。音楽の流行もムード歌謡、歌声喫茶、学園ソング、グループサウンズ(GS)、フォークと目まぐるしく動いた。いちばん面白い時代です。流行歌ですから、その時代の空気感や風俗が歌に反映される。ヒットした当時の日本は、どんな時代だったのか、人々はどんな気持ちで聴いていたのか。自分が生まれる前に誰かが買ったレコードを聴きながら、そんなことを考えるのが好きです。

-講座ではレコードをかけ、弾き語りに物まねも交えて「歌謡史」を楽しく振り返りつつ、時代や社会背景にも触れました

タブ純 音楽ファンしか理解できない講座にはしたくなかったんです。例えば1960年代に流行した歌声喫茶には、集団就職などで地方から出てきた若者が集まった。故郷への郷愁や都会暮らしの寂しさ、いろんな思いを抱えながら、集まり、歌っていたんでしょう。戦後の高度成長を支えた若者たちの素顔が見えませんか。一方でジャズ喫茶、ロカビリーの流行もこのころで、東京の最先端の音楽に夢中になる若者もいた。高度成長期を生きた若い人たちの熱気を感じます。

-流行歌と時代の関係性に論及したあたりは、教養講座にふさわしい話でした

タブ純 60年代後半、世界に広がる学生運動は日本にも及び、ベトナム反戦運動に火が付いた。呼応するように、関西から反戦、社会派フォークのムーブメントが起きた。「こんな歌、歌ってる場合じゃない」とばかりに、王子様の世界観を持つGSや、東京の裕福な学生が中心だったカレッジフォークは衰退していく。時代の空気で音楽はこんなに変わっちゃうのかというぐらい、目まぐるしく変化する。経済的に豊かになり、社会が安定した80年代以降は、そんなおもしろさが薄れた気がします。

-昭和歌謡の研究は少年時代から

タブ純 ムード歌謡やGSが好きで、研究本を出したいと思ってました。休日は多摩、湘南、中央線などエリアを決めて中古レコード店巡り。国会図書館にも出かけて古いレコードを聴いていました。GS研究家の方と交流したり、60、70年代の社会、風俗に関する本や雑誌を読みあさったり。生きがいでした。でも、こんなもの生きがいにしてるのは世界に自分だけ。社会でまともに生きられないだろう、と。今では何でそこまでと思うほど、人生に絶望していました。ある夜、父と兄が「ムード歌謡なんて、頭おかしいんじゃないか」と話しているのが偶然、耳に入った。気味悪かったんでしょうね。今や、変な趣味が自慢になる時代になりましたけど…。

-堅苦しいイメージを変え、新しい教養の形を示したと言えます。もはや文化人ですね

タブ純 好きが高じて教養講座を担当できたことは、ありがたい、幸運だと思います。テレビのバラエティー番組に出るより自分に合ってる。ただ、昭和歌謡の研究は、楽しいからやってるだけで、教養というと物々しくなっちゃう。お笑い芸人が何かしゃべってる、ぐらいの感じで見てほしいです。文化人にならないよう気をつけます。ならないと思いますけど。フフフ。

◆メディアやジャーナリズムが専門の山田健太・専修大学教授

NHKは1月、2021年度から3年間の経営計画を発表した。この中でAMのラジオ第1放送(R1)と第2放送(R2)、FMの3波を2波に整理、削減する方針を打ち出した。具体的には計画期間内に案を示すとしているが、R2がなくなるというのが大方の見方だろう。

背景には、NHKの経営環境を巡る問題がある。NHKは受信料を下げるよう、強い政治的圧力を受けている。業務肥大化への批判もある。同時にインターネットへの本格的な進出を計画しており、資金も必要になる。圧力や批判を回避し、資金需要に応える簡単な方法が「波」の削減だ。

語学講座や教養番組中心のR2は聴取者も少ないし、必要ならネットで、とNHKは考えているのかもしれない。だが、視聴率、聴取率の高低にとらわれず、多様な論点、視点、意見を伝え、多様なニーズに応え、豊かな情報流通の場を確保することが、NHKの公共性を担保する要素のひとつだ。社会全体の教養を下支えし、文化を継承するという意味でも、R2の存在意義は大きい。社会的議論もなしに自分たちの都合で削減することは許されない。

今、国内外で政治的、社会的な問題がさまざま起きているが、自分に関係ないことは知らなくていい、という風潮が広まっている。その結果、当事者とその他の人々の溝は深まり、社会は分断される。この状況を変えるためには、知識や教養の共有化が必要だ。

例えば戦後の長い間、日本ではイデオロギーの左右を問わず「戦争は嫌だ」という緩やかな社会的合意があった。こんな素朴な合意であっても、史実や経験に裏打ちされた知識や教養、言い換えれば「共通知」とも言うべきものを人々が共有していたから成り立っていた。この「共通知」を再構築する役割が、R2には求められている。

教養は日々の生活に不可欠なものではないかもしれない。しかし、ひとりひとりが教養を高めることで「共通知」が生まれ、社会を少しずつ前進させていく。そんな作業を、ほそぼそとでも誰かがやらねばならない。「教養より実利」という空気が社会を覆う今だからこそ、R2が必要だ。

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ラジオ第2や教養番組についてどう考えているのか。NHKに聞くと、石川慶Eテレ編成、諫山法子チーフプロデューサーがコメントを寄せた。

生活の豊かさ、教育、文化の創造に貢献することが公共メディアの役割のひとつだと考えています。リスナーの多様な興味関心に応えられるよう、実務、実学とともに、文化教養などさまざまな分野の番組を放送することを心掛けていきます。(カルチャーラジオの存廃は)個別の番組について答えは控えますが、リスナーの利便性を損なわないよう十分留意しながら、音声波の整理、削減の検討を進めていきます。

◆タブレット純(たぶれっと・じゅん)1974年(昭49)、神奈川県生まれ。お笑いタレント、歌手。少年期からラジオを愛聴し、昭和歌謡の魅力に目覚める。古書店や歌声喫茶店員などを経て、27歳でムードコーラスグループ「和田弘とマヒナスターズ」にボーカルとして加入。その後はソロで活動し、「ムード歌謡漫談」という新境地を開拓。寄席やライブのほか、週刊新潮で「タブレット純の『昭和歌謡』残響伝」を連載。さまざまなカルチャー講座の講師も務める。