コロナ変異株、ギリシャ文字に名称変更12番目に到達 24字で足りる?

世界を席巻するデルタ株(国立感染症研究所提供)

<ニュースの教科書>

世界保健機関(WHO)は8月30日、コロンビア、エクアドルなどで増加している変異株を「VOI」(注目すべき変異株)に指定し、「ミュー」と名付けました。WHOが呼び名をギリシャ文字に切り替えたのが5月31日。3カ月で12番目のミューに来てしまいました。はたして24のギリシャ文字で足りるのでしょうか。菅首相の言うように「明かりは見え始めている」のか。新型コロナの今後を探ってみました。【中嶋文明】

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変異株の名称を巡ってSNSではさまざまな声が上がっています。「『ミュー』の次はやはり『ミュウツー』で」とか「『クサイ』まであと2つ。大変なことになる」とか。確かに「クサイ株」は話題を呼びそうです。

ギリシャ文字は26ある英語のアルファベットより少ない24。折り返しとなるミューまで来てしまって大丈夫なのでしょうか。東京農工大感染症未来疫学研究センターの水谷哲也教授(ウイルス学)は「24まで行ってしまう可能性があります。そこまで行かせないことが重要です」と話します。

「最初に見つかった国への偏見や差別につながる恐れがある」(注1)として、変異株の呼び名を「シンプルで覚えやすい」ギリシャ文字に切り替えたWHOは、ギリシャ文字を使い切った場合、次は星座名を検討している模様です。WHOの新型コロナのテクニカル・チーフ、マリア・ファンケルコフ博士を取材した英紙テレグラフは「星座名がフロントランナー(最有力候補)だ。例えばアリーズ(おひつじ座)、ジェミニ(ふたご座)、オリオン」と報じました。国立天文台によると、国際天文学連合が1928年(昭3)に定めた星座数は88。数の心配はありませんが、使われることなく終息することを願いたいと思います。

デルタ株がはびこる中、ラムダやミューなど新しい変異株が取って代わるかどうかは条件があります。ひとつはデルタ株をしのぐ感染力と中和抗体(注2)から逃れる力を持っているか。もうひとつはタイミングです。「感染拡大が終わったときに新たに入ってくるとメジャーになります。デルタが広がっているときに、入ってきたとしてもスモールポピュレーション(小規模)で、メジャーにはならないんじゃないかと思います」(水谷教授)。

昨年暮れ以降、爆発的に拡大したのは英国型と呼ばれたアルファ株と、春から夏にアルファ株に取って代わったデルタ株です。この間、南ア型と呼ばれたベータ株や、ブラジル型と呼ばれたガンマ株は感染力が強く、ワクチンの効果も低下させるとして警戒されましたが、局地的でした。デルタ株から派生して4月にインドに出現したデルタプラス株も感染力が強く、感染すると細胞融合を促進して危険と注視されましたが、デルタ株を駆逐することはありませんでした。いずれも条件に合わなかったと考えられています。

変異とは、自力では増殖できないウイルスが、人間の細胞を利用して自身の遺伝情報(RNA)をコピーしているうちに起こすミスコピーです。感染者が増えれば増えるほどミスコピーは増えます。WHOが警戒する12の変異株も、感染者数で上位4カ国の米国、インド、ブラジル、英国で最初に見つかったものが8つ。3分の2を占めます。水谷教授は「日本も独自の変異株が出始めておかしくありません。それほど感染者数が多くなってきました」と言います。

「明かりは見え始めている」と言う菅首相は「10月から11月の早い時期に希望者全員のワクチン接種が完了する」として、行動制限の緩和に踏み切る方針です。ワクチンは最も先行したイスラエルでも接種率は60%台にとどまります。アルファ株は抑え込んだイスラエルも「水ぼうそう並み」というデルタ株の感染力の前にブレークスルー感染が相次ぎ、新規感染者数は今月初め、過去最多になりました。出遅れた日本も半数が2回の接種を終えましたが、水谷教授は「7割の壁は越えられないのではないか」と予測します。

政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は「国民の70%が接種しても、恐らく残りの30%が防護されることにはならない」として、ワクチンによる集団免疫(注3)の獲得は困難との考えを明かしています。菅首相が期待する希望者全員の接種が完了しても、依然トンネルの中です。

明かりはどこに見えますか? 水谷教授は「経口薬(注4)の臨床試験が始まりました。プロアテーゼやポリメラーゼというウイルスが増殖するのに必須な酵素の阻害剤で、増殖自体を止めます。感染力やワクチンの効果に影響するレセプター(受容体)にかかわる変異とは関係ないので、これまで問題になったどの変異株に対しても有望です。経口薬ができれば、新型コロナもインフルエンザの対策レベルにまで来ます。インフルエンザは重症者は入院しますが、多くの人はタミフルやリレンザを処方してもらって自宅で療養します。ワクチン、簡易検査、経口薬の3点がそろうことは感染症対策で非常に重要で、そろうと一定のコントロールができます」と話します。

ワクチンで重症化を防ぎ、経口薬で自宅療養で治るようになれば、明かりは見えます。経口薬は年内の承認申請を目指しています。

<納豆菌の感染阻害を確認>

これも大きな明かりになるかもしれません。水谷教授らのチームは、納豆菌のタンパク質分解酵素が新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を分解し、感染を阻害することを確認したと、国際学術誌「バイオケミカル・アンド・バイオフィジカル・リサーチ・コミュニケーションズ」に発表しました。

水谷教授らは納豆の抽出液と新型コロナウイルスを混ぜ、ウイルスが細胞に感染するかどうか実験。納豆菌の持つ約80種類のタンパク質分解酵素がスパイクタンパク質を分解し、ウイルスは受容体と結合できなくなった。デルタ株など変異株も同様だった。新型コロナウイルスは表面にあるスパイクタンパク質がヒトの細胞の表面にある受容体に取り付いて感染します。

水谷教授は「納豆を食べて感染を防げるかはこれからですが、口の中に納豆があれば口腔(こうくう)内のウイルスは駆逐できます」と話していました。

(注1)WHOは2015年5月、国名、地名、人名などを病名に使用しないという指針を掲げた。しかし、新型コロナでは「武漢ウイルス」「インド型」などの呼び方が相次いだ。

(注2)抗体はウイルスなどに感染したり、ワクチンを接種した後にできるタンパク質。中和抗体は異物に結合して感染力を失わせる「中和作用」を持つ。

(注3)一定以上の人が免疫を持つことで感染の連鎖が止まる集団免疫は、従来株では60~70%とされた。風疹や水ぼうそうに匹敵する感染力を持つデルタ株は80~90%のワクチン接種が必要とみられている。

(注4)日本で治療薬として認可されているのは抗ウイルス薬「レムデシビル」、ステロイド薬「デキサメタゾン」、レムデシビルと併用する関節リウマチ薬「バリシチニブ」、2種類の中和抗体を組み合わせた「抗体カクテル療法」。軽症者向けには抗体カクテル療法しかないが、点滴薬のため、自宅では使えない。

◆中嶋文明(なかじま・ふみあき)1981年入社。第5波がピークアウトしています。初の緊急事態宣言で街や電車から人影が消えた第1波は別として、人流とは関係なく、感染が拡大しても3カ月ほどで減っていく現象が続いています。水谷教授も「1日40万人の感染者が出たインドもスーッと引きました。ワクチンとは関係ないんです」と、不思議がっています。唯一の例外はブラジルだそうです。児玉龍彦東大名誉教授は「感染者数が増え、増殖が早まると、ウイルスは変異が進み、自壊する」という仮説を出しました。新型コロナの謎。解明を待ちたいと思います。