新型コロナの飲み薬って、どんな薬? 年内にも実用化か?!

米メルクが米国で申請した新型コロナ経口薬「モルヌピラビル」=MSD(米国メルク)提供

<ニュースの教科書>

新型コロナウイルス感染症の飲み薬(経口治療薬)について、この冬の実用化が現実味を帯びてきました。先行する米メルク社がついに米当局に緊急使用許可を申請。ライバルたちも開発の最終段階に入り、急ピッチで実用化を目指しています。主に軽症の患者が自宅や療養施設などで服用し、重症化を防ぐことができるようになるともいわれ、ワクチンに続いて対策の切り札になるのではと期待が高まっています。一方で飲み薬や抗体カクテル療法には予防薬としての動きもあります。新型コロナは怖くなくなる?

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今後、新型コロナとどう向き合っていくのか-。飲み薬はワクチンとともにその方向を示すカギの1つかもしれません。開発レースは主に、米国のメルク、米国のファイザー、スイスのロシュ、日本の塩野義製薬の4社がけん引。先行するメルクが10月11日、飲み薬「モルヌピラビル」について、米食品医薬品局(FDA)に緊急使用許可を申請したと発表しました。この時点の対象は、重症化リスクがある軽症から中等症の成人患者。認められれば、新型コロナ向けに開発された飲み薬として世界初の見通しです。米国で許可されれば、日本政府も年内にも特例承認し、調達する方向で動いています。

世界の注目を集める飲み薬ですが、各社とも現時点では錠剤やカプセル錠で、1日1回や2回を5日間程度服用します。低温管理が必要なワクチンに比べて、取り扱いも楽かもしれません。メルクとロシュの飲み薬はRNAポリメラーゼ阻害薬、ファイザーと塩野義は3CLプロテアーゼ阻害薬です。どんな作用をして、どんな効果があるのでしょうか。

医学ジャーナリストの松井宏夫さんは「新型コロナは体の中でウイルスを増やします。RNAポリメラーゼも3CLプロテアーゼも、ウイルスを増やす酵素です。飲み薬はそれらの働きを阻害し、ウイルスの増殖を抑える薬です。また各社とも、さまざまな変異株にも効くだろうとしています」と説明します。ウイルスが増えないようにして、重症化を防ごうというわけです。

飲み薬の対象は主に、軽症、発症から5日以内の軽症から中等症、無症状などの患者です。日本では同じような患者に対し抗体カクテル療法などが承認され、外来や往診でも投与が可能になりましたが、現状は点滴薬で医療現場などの負担も少なくありません。飲み薬は医療従事者、患者双方の負担を減らしてくれそうです。なお、中外製薬は抗体カクテル療法について、濃厚接触者の予防薬と無症状患者の治療薬としても使えるよう申請。同時に皮下注射もできるよう追加申請しました。

飲み薬の開発状況、実用化の見通しはどうでしょう。モルヌピラビルを米リッジバック・バイオセラピューティクスと開発したメルクは今月1日に、臨床試験(治験)で、重症化の恐れがある患者の入院や死亡のリスクを約50%減らす効果があったとの中間結果を発表していました。対象は発症から5日以内の入院していない軽症から中等症で、1つ以上の重症化リスクがある患者。モルヌピラビル投与のグループで入院したのは7・3%、死亡はゼロ。偽薬を投与した方の入院は14・1%で、8人が死亡しました。結果が非常によかったため、臨床試験の中止を求められたそうです。

「臨床試験の中止は、はっきり効果があると判断されたということだと思います。がんの免疫チェックポイント阻害薬でも、比較試験で効果が分かりストップがかかったことがありました。そう遠くない時期に、薬が飲めるでしょう」(松井さん)。メルクは今年中に1000万人分を製造する方針だそうです。

異例のスピードで開発を進め、追い上げているのが塩野義です。薬は「S-217622」。年内の日本での承認申請を目指しており、今年度内の供給開始にも意欲をみせています。同社の手代木功社長は、先月末の会見で新型コロナの飲み薬の意義について「ジグソーパズルの最後の1ピース」などと話しました。

塩野義は化合物の特定から9カ月で臨床試験にこぎつけたといい、業界を驚かせています。松井さんは「創薬は開発開始から臨床試験に入るまで、普通は5~8年かかります。臨床試験にも3~7年かかるといわれます。それが臨床試験までにわずか9カ月ですから、非常に早いです」と指摘。塩野義の広報は「安全性の確認など必要な試験は一切飛ばしていません」と説明しました。

最終段階の臨床試験も、医療機関や自治体の協力のもと宿泊療養者も加えて約2100人を対象に進めています。先行する薬との比較について、手代木氏は会見で「少なくとも動物実験では、効果は同等かそれ以上と思う」との見解を示しました。服用も1日1回と簡便です。安定供給の点からも、国産の薬には期待と注目が高まっています。塩野義はまた、開発中の国産ワクチンも年内にも最終段階の臨床試験を開始し、年度内の実用化を目指しています。

飲み薬をより生かすため、早期発見の推進や予防などの課題もありそうです。主に軽症者を対象に自宅でも治療できることが想定されますが、感染から発症まで数日といわれますし、家族など同居する人が濃厚接触者になる可能性もあります。メルクやファイザーは患者と同居する健康な人を対象に、家庭内感染を防げるかなど濃厚接触者に対する予防効果も調べています。松井さんは「早く発見し早く薬を使うためには、早く検査を受けることが求められます。医療関係者の間では予防効果に期待する声もあります。ただ濃厚接触者全員が薬を飲めるといいですが、同居の人がいる患者は、薬を飲んで施設で療養するのが一番いいかもしれません」と指摘します。

岸田文雄首相は就任後初の所信表明演説で「経口治療薬の年内実用化を目指します」と表明しました。新型コロナの脅威が薄れていくのか-、目が離せません。【久保勇人】

▽政府分科会メンバーの東邦大・舘田一博教授(感染症学) 内服の治療薬の効果がどのくらいなのかにもよりますが、病院で新型コロナと診断され、早めに風邪薬のようなものを数日間飲みましょうという形で、重症化しない、治るようなことになれば、かなり安心できますよね。診断もでき、予防もでき、内服薬での治療もできるということになると、感染症法上もインフルエンザと同じように対応してもいいという時期がくるかもしれません。それくらいのインパクトを持ってくるんじゃないかなと思います。そこで大事な意味を持ってくるのが、有効性がどれだけ高いのか、どのような形で普及してくるのか。そうしたことをもって、考えていく可能性があります。ただ実用化されても、ワクチンはしっかり打って、内服薬もうまく使って、対応していくということだと思います。

★今冬、インフルエンザは流行する? ワクチンは打ったほうがいい?

今冬はインフルエンザの動向も注目されています。日本感染症学会は21~22年シーズンについて、インフルエンザワクチンの積極的接種を推奨しています。20~21年シーズンは新型コロナとの同時流行が心配されましたが、激減しました。同学会はその理由について「手指衛生やマスク着用、3密回避、国際的な人の移動の制限などの新型コロナ対策が、インフルエンザの感染予防についても効果的だったと考えられる」としています。

今冬については、アジアの亜熱帯地域で夏までに流行が起きており「今後国境を越えた人の移動が再開されれば、世界中へウイルスが拡散される懸念がある」と指摘。「前シーズン、インフルエンザについて社会全体の集団免疫が形成されていないと考えられ、その状況で海外からウイルスが持ち込まれれば、大きな流行を起こす可能性もある」と注意を促しています。

ナビタスクリニック(東京・立川市など)理事長の久住英二医師も「子どもも大人も2年間かかっていないので、抗体が下がっていて、かかりやすくなります。普段は発症しない人も今年は発症するようなこともあると思います。流行に備えて、ワクチンを打ったほうがいいです」と話します。

さらに、インフルエンザと同様に流行がなかったRSウイルスが今夏に大流行し、コロナ患者もあって子どもの入院が増え、小児科の病床がパンクしかけたこともあると強調。「インフルエンザを経験してない、免疫のない0歳児や1歳児がたくさんいるため、流行すれば入院する子どもが増える恐れもあるかもしれません」などとして、接種を呼び掛けています。

ワクチンといえば、新型コロナでは3回目の接種の動きもありますが、インフルエンザのワクチンは同時期に打ってもいいのでしょうか。厚労省は「新型コロナワクチンとそれ以外のワクチンは同時に接種できません。互いに片方を受けてから2週間後に接種できます」としています。米国などでは同時接種に動きだしており、日本でも求める声が出始めています。

◆久保勇人(くぼ・はやと)1984年入社。文化社会部、スポーツ部など経験。子どもの頃から風邪やインフルエンザとはほぼ無縁。今は手指消毒はもちろん、不織布マスク、手洗い、うがい、目薬、入浴を欠かしません。