世界に15億頭…牛のげっぷは地球温暖化の促進要因、世界が行う対策とは

げっぷのメタンガス量を測定中の乳牛(農研機構提供)

<ニュースの教科書>

国連の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)は8月、「人間が地球を温暖化させてきたことは疑う余地がない」と断定しました。温暖化の原因としてもうひとつ疑う余地がないとされているのが牛のげっぷです。世界には15億頭の牛がいて、1分に1回げっぷ。吐き出されるメタンは強力で、世界で排出される温室効果ガスの4%を占めます。COP26(第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議)が開催中です。げっぷ対策に取り組む「農業・食品産業技術総合研究機構」(農研機構)に話を聞きました。【取材・構成=中嶋文明】

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反すう動物の牛は、4つの胃にすむ約8000種の微生物の力を使って餌を発酵・分解して、栄養にしています。そのときに発生するのがメタンです。「胃運動に伴ってたまったガスが1分間に1回ぐらい押し出されます。人間みたいに『げふっ』と音が出るわけでないので、見た目、分かりませんが、食べる量が一番多い泌乳牛は1日平均500リットルぐらい出しています」(野中最子乳牛精密栄養管理グループ・グループ長)。

メタン500リットルと言われてもイメージが湧きませんが、メタンの温室効果は二酸化炭素の25倍です。日本のメタン排出量は二酸化炭素換算で2848万トン。農業に由来するものが77%(2190万トン)で、牛のげっぷは756万トン、27%を占めます。全国約11万台のバスから出る温室効果ガスは年間410万トン、約21万台のタクシーからは248万トンですので、牛のげっぷは、バス、タクシーから出る量(658万トン)より多いという恐るべき数字です。

げっぷは反すう動物にはつきものなので、ヒツジやヤギからも出ます。ただ、ヒツジやヤギの体重は牛の10分の1程度。「メタンの量は餌の量に比例するので、ヒツジやヤギから出るメタンは牛より少ないですが、ヒツジが多い国は主要な発生源になります。ニュージーランドなどはGHG(グリーンハウスガス=温室効果ガス)の半分が農業から出ています。日本のように稲作はやっていないので、大部分が反すう動物から出ていると推定されます」(三森真琴畜産研究部門研究推進部長)。

牛やヒツジ、ヤギは世界で30億頭以上、飼育されています。これだけいると、出てくるメタンは膨大で、世界全体の温室効果ガスの4%がげっぷです。COPは1995年の第1回会合で「げっぷは地球温暖化の要因」と指摘し、世界各国がげっぷ対策に取り組んでいます。

ひとつはメタンを抑える効果がある餌の開発です。既にカシューナッツの殻を搾って出た液体を餌に混ぜると、発生が最大2割減少することが確認されました。カギケノリという海藻を乾燥させたものを少量混ぜると、大幅に減るという研究も発表されています。近い将来、低メタン用サプリメントが商品化されるかもしれません。

農研機構では牛の個体差に注目しています。「同じ量の餌を食べてもメタンが多い牛と、それほど多くない牛がいることが分かってきました」(野中さん)。乳牛は乳量や乳成分などを月に1度測定し、そのデータを使って改良が進められています。同じように飼育現場でメタンを測定し、ビッグデータになれば、こういう遺伝子を持った牛はメタンの発生が少ないなど分かってきます。品種改良して低メタン牛をうみ出すための第1歩として、測定機器の開発が進められています。

胃の中の微生物や発酵状態をモニターできれば、餌の量や与える時間なども改善できます。「メタンは微生物がつくるものなので、微生物を制御できればメタンを減らすことができます。胃の中をモニタリングできるデバイス(装置)があれば、どう制御できるか見えてきます」(三森さん)。カプセル型のモニタリング装置の実用化を目指しています。

牛にはげっぷだけでなく、ふん尿の問題もあります。体内の窒素分がふんや尿として排せつされると、微生物に分解されて二酸化炭素の298倍の温室効果がある一酸化二窒素が発生するそうです。ドイツやニュージーランドの研究者は牛に決まった場所で用を足してもらって、それを処理すれば一酸化二窒素の発生は抑えられると考えて、牛にトイレの習慣を覚えてもらう研究をしているそうです。

農研機構ではふん尿中の窒素を減らす餌を研究しています。「餌の窒素量を減らせば、出てくる窒素量も減ります。食べ物で窒素というと、タンパク質です。タンパク質を減らせば、窒素は減ります。しかし、農家さんは窒素を減らすと、育ちが悪くなる、生産性に影響が出ると心配します。アミノ酸を工夫すれば、成長、生産性に関係なく、窒素を減らすことができるので、『アミノ酸バランス飼料』と命名して取り組んでいるところです」(三森さん)。

バイデン米大統領はCOP26を前に、2030年までにメタンの排出量を2020年比で30%削減する国際的な枠組み「グローバル・メタン・プレッジ」を発表し、各国に参加を呼びかけました。日本も参加します。日本は2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにするカーボンニュートラルの実現を掲げていますが、牛のげっぷはどうでしょうか。「ゼロまでいくのは難しいと思います。さまざまな方法を組み合わせて80%減らすことが目標です」と三森さんは話していました。

◆メタン 分子式はCH4。1個の炭素原子に4つの水素原子が結合した炭化水素で、常温では無色無臭の気体。天然ガスの主成分で、都市ガスとして利用されている。

◆COP26 12日まで英国グラスゴーで開かれています。各国が提出している排出削減目標では今世紀末の気温上昇は2・7度となるため、石炭火力について先進国は2030年代、世界全体では40年代の段階的廃止を目指すことで46カ国・地域が合意しましたが、日本は参加しませんでした。温暖化対策に「後ろ向き」と評価され、COP25に続き、不名誉な「化石賞」に選ばれました。

◆パリ協定 2015年、採択されました。産業革命以降の気温上昇を2度未満、できれば1・5度に抑えることを目標にしています。米国は17年、トランプ大統領が「不公平な協定」として離脱を表明しましたが、バイデン政権となった今年、復帰しました。イラン、イラク、イエメン、リビア、エリトリアを除く192カ国・地域が批准しています。

◆気候変動に関する政府間パネル(IPCC) 1988年に設立され、世界195カ国・地域が参加しています。地球温暖化と自然や社会への影響を科学的に予測し、数年ごとに報告書を公表しています。2007年、ノーベル平和賞を受賞しました。抜本的な対策を取らないと、今世紀末には気温は最大5・7度上昇すると警告しています。

◆中嶋文明(なかじま・ふみあき)81年入社。人間のげっぷはのみ込んだ空気で、メタンは出ません。三森さんによると、「人間の消化管で一番発酵が起こる場所は大腸」だそうです。従っておならにはメタンが含まれていて、おならに火をつける「芸」は今もユーチューブで健在です。ただ、牛のように個体差があり、メタンが多い人と少ない人がいるそうです。三森さんは「家畜を研究していると、人も同じだなと思うことがあるんですよ」と話していました。