「山田うどん」唯一の立ち食い店32年の歴史に幕 埼玉県民心のよりどころ

最後のかき揚げ天ぷらは午後7時30分だった。店内5席は常に満席だった(撮影・寺沢卓)

埼玉県を中心に160店を展開するファミリーレストラン「山田うどん」の唯一の立ち食い店舗の南浦和店が20日、32年の歴史に幕を閉じた。コロナ禍の影響で売り上げが減少し、苦渋の決断の末、店を閉じることになった。

この日は営業最終日とあって、店を開ける午前10時前に閉店を惜しむファンが3人並んでいた。運営する山田食品産業(本社・埼玉県所沢市)の江橋丈広営業企画部長は「この1週間は最後ということもあって、お客さんは増加しています。普段づかいのお店なので、よくつかっていただく常連のみなさまには残念がられています」と話した。

担当の江橋さんが午後1時ごろ様子を確認し、通常は行わない60食分の補給をした。

会社から帰宅途中で午後7時過ぎに滑り込むように入店した41歳の男性は、地元南浦和在住。「小学生のころから食べていて、ここ山田うどんで育ちました」としみじみと話した。男性が注文したのはかき揚げ天ぷらうどん。男性のすぐ後方のお客さんで最後のかき揚げとなり「最後のかき揚げ、なんとか食べられて良かった。格別の味でした」と話し、食べ終わって店を出るときには「長い間、お世話になりました」と頭を下げて店をあとにした。

JR南浦和駅を下車した母親は手をつないでいた小学生の息子は「あれ、山田うどんに行列ができてる。こんなの初めて見るね」と足早に通り過ぎていった。

山田うどんは1935年(昭10)に手打ちうどん専門店として創業。黄色い看板に赤いカカシのロゴマークで埼玉県民のソウルフードとして定着している。埼玉県民を取り上げたコメディー映画「翔んで埼玉」でも埼玉県民の心のよりどころとして紹介されたほど。うどんがメーンながら、モツ煮を「パンチ」と称してメニュー化していて、人気商品となっている。

閉店は午後9時。店前の券売機は赤い「×」印の売り切れの表示でいっぱいになった。午後8時22分には油揚げもなくなり、うどんとそばのメニューは「たぬき」「玉子」「カレー」の3種だけになってしまった。券売機でたたずむ男性は「たぬき」を選んだ。そのときに店からスタッフの女性が券売機のチェックをしにきて「ごめんね、もう天ぷらもきつねもないのよ。でも、うどんとそばはあるから食べていってね」と優しく声を掛けた。「たぬき」を選んだ男性は「閉店するとニュースで知って、実は初めて来たんです」とスタッフの女性に会釈して暖かい店内に入っていった。

午後8時50分、最後にカレーうどんを注文した男性(48)が店を出た。「いつも午後8時45分ごろに南浦和駅に帰ってくるんです。昨日も同じ時間に帰ってきて山田うどんに入ってかき揚げうどんをいただいた。今日はカレーうどんを食べたいと思っていたので良かったです」とお腹をさすり「でも、もうここでは食べられないんですよね。南浦和に引っ越してきて、17歳から慣れ親しんだ店だったのに」とカカシのロゴの看板を振り返って、じっくりとみつめていた。

【寺沢卓】