石原慎太郎さん「お前食べろ、食べろ」中国料理店「クラゲの冷菜」お気に入り 注文しすぎる時も

中国料理店「レストラン青羅」で石原慎太郎さんが愛したネギつゆそば(左)とクラゲの冷菜を紹介する従業員の佐々木せつ子さん(撮影・鎌田直秀)

1日に89歳で亡くなった石原慎太郎さんが趣味のヨットなどで余暇を過ごすことの多かった神奈川県葉山町では、食でも癒されていた。葉山マリーナ内にある中国料理店「レストラン青羅(せいら)」は、家族や友人らと通い続けた店だ。1989年(平元)から同店に勤務する佐々木せつ子さん(72)は、「慎太郎さんは、かならず『クラゲの冷菜』。大人数で来るとなったら必ず用意しないといけないのがクラゲでした」。家族で来店時は当時あった一番奥の丸テーブルを囲み、友人らとの会食では海の絶景を見ながら「『お前食べろ、お前食べろ』と、気を使うことにおいてもも素晴らしい方でした」。「でもね」と続けた。「たくさん頼みすぎちゃって、『こんなに頼んだ? 頼んでないだろ』って言い出すこともありましたよ。自分でも分からなくなってしまうほど、注文しちゃうんですよ。その時はそっと料理を少しずつ下げて、パックに詰めて皆さんのお土産にしていました」と笑った。締めは「ネギつゆそば」が定番で、デザートの「杏仁(あんにん)豆腐」も大好物だったと言う。

佐々木さんは、33年前に出会った当初から、慎太郎さんにニックネームを付けられ、ずっと「レイコさん」呼ばれていた。「せつ子なのに、なんで? と思ったのですが、当時は私も若かったので(女優)『大原麗子に似てるから』と言っていただきました」と懐かしむ。「とにかくテレビで見る姿とは違って、優しい。時には他のお客さんを接客していても『レイコさん、レイコさん』と呼んできて、ちょっとわがままな面もありましたかね」。

近年は姿を見ることは出来なかったと言う。「都知事を辞めてからは、あまり来られなくなってしまった。体調もあまり良くなかったみたいで」。店から一望出来る海のシンボルでもある「裕次郎灯台」と称される葉山灯台を見ながら「裕次郎さんと並んで、慎太郎さんも一緒に、灯台が出来るなんてことになったら、うれしい」と思いをはせた。【鎌田直秀】