【ニュ-スの教科書】映画で見るウクライナとロシア ニュースではうかがい知れない人々の思い

「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」の1場面 (C)FILM PRODUKCJA-PARKHURST-KINOROB-JONES BOY FILM-KRAKOW FESTIVAL OFFICE-STUDIO PRODUKCYJNE ORKA-KINO SWIAT-SILESIA FILM INSTITUTE IN KATOWICE

ロシア軍のウクライナ侵攻が始まってから1カ月半が経過しました。強国と国境を接するこの国の悲劇を題材にした映画は少なくありません。劇中で描かれたのはあくまで一側面であり、製作者の立ち位置が色濃く反映されているのも事実ですが、ニュース番組だけではうかがい知れない、この地域の人々の思いを垣間見ることができます。【相原斎】

私が中学生だった1970年(昭45)の夏に旧ソ連製作の「ヨーロッパの解放」という戦争映画が公開されました。

この時公開された1部2部だけで3時間を超す大作で、全体では5部7時間48分の国家的事業とも言える作品です。この5年前に大ヒットしたヘンリー・フォンダ主演のハリウッド映画「バルジ大作戦」に対抗する意味合いもあり、第2次世界大戦の対独戦を「大祖国戦争」と呼ぶ旧ソ連の威信をかけた作品でした。

第2部のタイトルは「ドニエプル渡河大作戦」。現在のウクライナの中央を流れる大河を舞台にナチス・ドイツ軍とのすさまじい戦闘がクライマックスです。ナチスの侵攻からこの地を解放したのは史実であり、本物の戦車の投入数が映画史上最多と言われる迫力の映像で、一級の戦争映画に仕上がっています。77年には「日曜洋画劇場」で放送もされました。

一方で、登場人物の描写は直線的で、同様にドイツ軍との戦いを描いていても、かなり人間くさかった「コンバット」などのアメリカ製ドラマを見慣れた中学生の目には違和感がありました。

映画公開時にフルシチョフ政権の防衛相になっていたゲオルギー・ジューコフが英雄的指揮官として登場し、ソ連軍兵士はあくまで善人で心優しく、対するドイツ親衛隊員はどこまでも冷酷非情でした。

本国ロシアでは国民的映画となっていたので、史実を都合よく切り取った上に露骨に勧善懲悪の味付けをしたこの映像が、多くの人々、特に年配層の記憶に焼きついていることは想像に難くありません。

プーチン大統領が今回の侵攻を正当化するためにたびたび使う「反ナチス」という時代錯誤のような言葉が、ロシア国民には想像以上に染みている背景が分かるような気がします。

独ソ戦からさかのぼること10年。スターリン体制下のウクライナを描いたのが一昨年公開のポーランド・イギリス・ウクライナ合作「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」です。

実在のイギリス人記者ガレス・ジョーンズの体験をもとにした作品で、30年代ウクライナの過酷な状況が描かれています。ヒトラーへの取材経験もあったジョーンズは世界恐慌の中、ただ1国繁栄が伝えられたソ連の実情に疑問を持ち、モスクワに入ります。

厳しい監視をくぐり抜け、ウクライナに潜入したジョーンズは極寒の中、地獄のような飢餓状態に置かれた人々を目の当たりにすることになります。豊かだったはずの農作地は、不作が続く中も収穫した穀物をことごとくモスクワの政府に収奪され、その日の食事にも困る状態だったのです。

スターリン政権が喧伝(けんでん)する繁栄は、こうした犠牲の上に成り立っていたのです。ジョーンズの目を通し、ウクライナの人々のモスクワ中央政府への不信、反発の思いがいかに根深いかが伝わってきます。

対照的にウォーレン・ベイティが主演した「レッズ」(81年)はアメリカ人記者ジョン・リードが見た17年のロシア革命を感動的に描いています。この2本を見比べてみると、虐げられた労働者や農民を解放したはずの革命政府が、わずか十数年でここまで大きく変質してしまうことに改めて驚かされます。

チェコ・スロバキア・ウクライナ合作で一昨年に公開された「異端の鳥」は、第2次大戦中にホロコーストを逃れた少年の過酷な旅を描いた作品でした。少年はドイツ軍に追われながら、各地の民衆からも差別と迫害にさらされます。

庶民と呼ばれる人たちのエゴも赤裸々に描く「問題作」ですが、東西から強国にじゅうりんされた東欧の人々が戦禍によって心身ともに疲弊し、諦めに似た感情を持つ姿が印象に残りました。彼らにとってはドイツでもソ連でもそれほどの違いはないのです。暴力がもたらす悲劇、そしてそれが決してなくならない現実を突きつけた作品でした。

ウクライナを舞台にした映画として年配の人が真っ先に思い浮かべるのは「ひまわり」(70年)ではないでしょうか。

イタリアの名匠ヴィットリオ・デ・シーカが監督、マルチェロ・マストロヤンニとソフィア・ローレンが主演したこの作品は、地平線まで広がるスクリーンいっぱいのひまわり畑のエンディングが話題になりました。

第2次大戦後のイタリアで、出征したきりの夫を捜す妻は、遠くソ連のウクライナを訪ねます。そこで見た広大なひまわり畑の下には多くの兵士が眠っていると聞き、深く心を痛めます。九死に一生を得た夫とは再会を果たしますが、運命のいたずらで一緒に暮らすことができません。モノクロの「異端の鳥」とは対照的に色彩鮮やかな作品ですが、反戦の思いが込められていることに変わりはありません。

多くの家族が引き裂かれているウクライナの現状がこの映画のテーマに重なるからなのか、ロシア侵攻以来、この作品を再上映する映画館が日本全国で増え続けています。

◆相原斎(あいはら・ひとし) 1980年入社。文化社会部では主に映画を担当。黒沢明、大島渚、今村昌平らの撮影現場から、海外映画祭まで幅広く取材した。著書に「寅さんは生きている」「健さんを探して」など。ロシアと国境を接する国の心情を映した作品としては、3年前に公開された「アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場」が一番印象に残っている。フィンランドの古典的小説を原作に、ロシアの侵略に対抗するために、ナチス・ドイツの力も借りたこの国の複雑な立ち位置が浮き彫りになる作品だ。