洋画を見るなら字幕派?吹き替え派?「直訳より感動伝える意訳」字幕が生んだ名セリフ

「トップガン マーヴェリック」の1場面 (C)2021 Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.

<ニュースの教科書>

洋画を見るとき、あなたは字幕派ですか、それとも吹き替え派ですか? 近年は若者を中心に文字を追う面倒を嫌って吹き替え派が増えているそうです。が、字幕があったからこそ、多くの名セリフが私たちの心に残ったことも確かです。文芸映画の季節といわれる秋を前に映画字幕について考えてみます。【相原斎】

吹き替え版が増えた一因に、1つの劇場に多くのスクリーンがあるシネコンの増加があると言われています。シネコンの登場で、以前は作品によっては字幕1択だった上映方法に劇場側が吹き替えという選択肢をもうけることが可能になったのです。

シネコンの典型として、東京・TOHOシネマズ六本木(15日)を例に取ると、「ミニオンズ・フィーバー」の上映回数は字幕版が1回、吹き替え版は2回。「ジュラシック・ワールド 新たなる支配者」は字幕版が4回、吹き替え版が2回。「エルヴィス」は字幕版のみ1回。「トップガン マーヴェリック」も字幕版のみ4回となっています。

観客の平均年齢が上がるに従って字幕版の比率が高くなることが分かります。「トップガン-」の場合はトム・クルーズの声が聞きたいというファンのニーズも強いのでしょう。

最近の調査では「字幕で見る方が多い」と答えた人が57・8%で、まだ吹き替えの42・2%を上回っています(PLAN-B調べ)。一方で、この調査では映画のジャンルによって選択を変える人が32・1%もいて、これもシネコン効果と言えるでしょう。

映像を見ながら、同じ目で文字を追うのですから、字数には限界があります。「情報量」という点では字幕の方が不利になるのです。そこが字幕翻訳者の腕の見せどころとも言えます。第一人者の戸田奈津子さんに以前こんな話を聞いたことがあります。

「字幕翻訳は、一般の英文翻訳とは違います。画面に映し出される文字も1秒につき3~4文字というルールにのっとっていますから、長いセリフには要約や意訳が必要になります。原文に忠実な直訳をとるか、ドラマの感動を伝える意訳をとるか。どちらかを選ばなければならない場合は、私は迷わず後者を選びます。映画を見終わった観客が、字幕を読んだことも忘れて『楽しかった』『感動した』と言ってくれる。それが、この仕事を始めたときからの私の目標だからです」

トム・クルーズの信頼も厚い戸田さんは「トップガン マーヴェリック」の字幕も担当しました。

トム演じるミッチェル大佐は、この作品の中でロマンスの相手となったペニー(ジェニファー・コネリー)にセーリングに誘われます。パイロットの彼は、海軍軍人にもかかわらずヨットの扱いがうまくありません。そのことを彼女にからかわれると、

I don’t sail boat,Penny.

I land on them.

と返します。字幕は

オレの仕事は操艦ではない、着艦だ。

トムの技能を象徴する空母への戦闘機着艦を織り込んだ見事な意訳ではないでしょうか。

かつてのライバル、アイスマン(ヴァル・キルマー)との再会シーンでは、アイスマンが別れ際に「貴様とオレで本当に操縦がうまいのはどっちだ」と単刀直入に聞きます。ミッチェル大佐が返したのは

It was a nice moment.

Let’s not ruin it.

字幕は

素晴らしいひとときだった。台無しにしないでおこう。

絶妙な切り返しが端的に表現されています。映画の名言はこうやって心に残っていくのだと思います。

一方で、字幕翻訳者も万能ではありません。その業界独特の専門用語が壁となります。「トップガン-」にも元航空自衛隊空将の永岩俊道氏が字幕・吹き替え監修としてクレジットされています。戸田さんも「階級や独特の言葉遣いは難しい。自衛隊のトップだった方にパイロット用語を全部チェックしていただき、自衛隊の方にもたくさん見ていただきました」と明かしています。

翻訳者の熟練のワザに専門家の監修。映画字幕に、時として心に刺さる言葉があるゆえんです。

■名作に「字幕名言」あり

名作には必ずと言っていいほど「字幕名言」があります。

◆風と共に去りぬ=39年         

明日は明日の風が吹く

After all,tomorrow is another day.

直訳すると「結局は、明日は別の日なのだから」となります。

◆カサブランカ=42年          

君の瞳に乾杯

Here’s looking at you,kid.

直訳すると「君を見つめることに乾杯」です。

◆俺たちに明日はない=67年       

商売は銀行強盗

We rob Banks.

直訳すると「私たちは銀行を盗む」です。

◆ゴッドファーザー=72年        

文句は言わさん

I’m going to make him an offer he can’t refuse.

直訳すると「彼が拒絶できない申し出を行うつもりだ」です。

◆がんばれ!ベアーズ=76年       

諦めるな、1度諦めたら、それが習慣になる

This quitting thing,it’s a hard habit to break once you start.

直訳すると「やめてしまうこと、それを1度やってしまったら、やめられないクセになる」

◆タイタニック=97年          

世界は俺のものだ!

I’m king of the world!

直訳すると「俺は世界の王だ!」です。

 

◆相原斎(あいはら・ひとし) 1980年入社。文化社会部では主に映画を担当。黒沢明、大島渚、今村昌平らの撮影現場から、海外映画祭まで幅広く取材した。著書に「寅さんは生きている」「健さんを探して」など。フランシス・フォード・コッポラ監督とも家族ぐるみの付き合いの戸田奈津子さんから、メカ好きの監督に付き添って何度もNHK放送技術研究所に足を運んだ話を聞いた。親しみやすい人柄からだろう、関西出身の技術担当者はいつも「コッポラはん」と呼んでいたという。