令和の時代によみがえった黒船、東京湾フェリーのブラックラッピング船「しらはま丸」が8日午前9時50分、久里浜港を出発して、米国提督マシュー・ペリー提督が巡ったコースをなぞる「黒船で行くペリー来航横浜クルーズ」を実施した。
なぜ3月8日にこだわるのか?
1854年(安政元)3月6日、幕府がペリー側と日本の開国に向けた交渉するための応接所を横浜に完成させた。そして2日後の8日、ペリーを筆頭に446人が横浜に初上陸した。
ペリーは、その前年1853年(嘉永6)7月8日、江戸湾(現東京湾)の入り口の久里浜港アシカ島横に蒸気船2隻を含む船艦4隻を停泊させた。幕府に鎖国に終止符を打たせて、開国を迫るためだった。
ペリー艦隊は1年後の再来を約束して7月17日に江戸を離れて琉球、香港を経由して、一旦米国に帰還していた。
ペリーの横浜初上陸と同じ日となった8日、黒船化したしらはま丸で、横浜沖までのクルーズを171年ぶりに行った。
通常は金谷-久里浜間が定期航路。久里浜港を出て、千葉・富津沖の人工島の第一海堡(かいほ)、第二海堡を過ぎ、乗客も船内から写真を撮影して「東京湾にこんな島があるんだ」「知らなかったねー」と歓声をあげていた。
この2つの海堡は、明治政府が東京湾に砲台設置もできる島として建設したもの。ペリーの黒船襲来があって以降、船による攻撃に耐え、迎え撃つ防衛拠点として設置された。ペリーの襲来によって残された海上建設物遺産とも言えそうだ。
日本テレビ系「ザ!鉄腕!DASH!!」(日曜午後7時)に出演している海洋環境専門家の木村尚(たかし)さんも特別ゲストで乗り込んだ。「ペリー艦隊はおそらく湾奥の江戸城の沖ぐらいまで行きたかったんだと思うんです。ボートで水深を測定しながら船を進めて、黒船で進める限界が横浜だったのかなと思われます」と話した。
横浜港内には入船時間の規則があって、この日は定期船ではないため午前11時30分から横浜ベイブリッジをくぐれるため、横浜根岸の庭園三渓園沖でしばらく停泊。黒船ラッピング船が就航した23年11月に結成された黒船楽団による横浜市歌などの演奏が行われた。
また、フラダンスやミニライブも実施された。癒やし系キャラクター「ペルリくん」の写真撮影会や、乗船券の印字された番号で、二合分の新米などが当たる抽選会も行われて盛り上がった。
新旧“黒船”の大きさはほぼ同じ。ペリーが当時乗船していたサスケハナ号は全長78・3メートルで、2年前11月に白い船体をブラックラッピングして“黒船”となった東京湾フェリー「しらはま丸」は全長78・8メートルで50センチ差でしかない。
ゆっくりと4時間かけて久里浜から横浜をめぐるフェリー旅行に「揺れるかと思ったら安定感があって楽しかった」「まわりは海。おちついていていいですね」「船でこんなに過ごすことも初めてなので良かった」「黒船がきて開国できたことで現代につながっていたんですね。お話を聞けてよかった」と様々な声が聞こえてきた。
5月18日に久里浜から羽田空港D滑走路付近まで周遊するクルーズも予定している。東京湾フェリーでは「今後も黒船でのクルーズを企画していこうと思っています」と話している。