自社さ政権で第81代内閣総理大臣を務めた村山富市(むらやま・とみいち)元首相が17日、死去した。101歳。大分県出身。
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村山氏は戦後70年となった2015年12月、日刊スポーツとライブ配信サービス「ニコニコ生放送」の共同インタビュー企画「レジェンドの伝言」に登場。同年に、安倍晋三首相(当時)が強行した安保関連法成立をめぐり、戦後50年の1995年、日本の戦争責任を明確にしておわびを盛り込んだ「村山談話」を出した立場として、さまざまな思いを語っていた。
村山氏は「(安倍氏が)70年談話を出すに当たり、自分の政治信念で替えるなら『今まで(の談話)は間違っていた』と言えばいいが、個人的な意見は明かしていない。安倍さんは、国民の意思や世界情勢に配慮する前に、自分の考えや意思をどう貫くかに政治信条、立場があるのではないかと思う。一生懸命やっているとは思うが、自分の政治信条を、生かすためにやろうとするから、無理があるのではないか」と指摘。安保関連法についても「あれほど国民の関心が高かったのに、安倍総理自ら、国民にまだ知られていないと言いながら強行採決した。臨時国会も開かなかった。国会の動向や国民の意向を無視するようなやり方は、納得いかない」と批判した。
また、自身の首相就任時を振り返って「私が総理になるのは論外で断り続けた」と明かした上で「過渡的に、あんな政権が生まれるのはあり得ることだと思う。戦後50年の節目に重なり、歴史的な1つの役割があったんじゃないかと」と述べ、旧社会党出身の自身の首相就任の意義を語った。 「これまで争った政党が話し合って一緒になり、政治の軌道を変えていく。今までの政治の行き過ぎと是正が絡み合えばいいと思った」とも振り返った。
「安倍1強政治」にも言及し「(昔の自民党は)河野洋平さん、野中広務さん、亀井静香さんらは、発言権も党内の影響力もあった。今はそういう人もいない。黙して語らず、面従腹背だね。党の中で、これでいいのかと声が出てくれば動きが変わる。あとは世論がどう動くか。自民党が追い詰められていけば変わると思う」と、自民党の現状を憂いていた。
インタビュー後に執筆を依頼した色紙には「平和憲法は日本の宝 世界の宝 断じて守り抜く 村山富市」と、記した。
◆村山富市(むらやま・とみいち)1924年(大13)、大分市生まれ。明大専門部卒。大分市議、県議を経て1972年に衆院初当選。1993年に社会党委員長に就任、その後社民党初代党首に就任。1994年4月に自民、さきがけとの連立政権で第81代内閣総理大臣に就任。2000年6月、政界引退。当選回数は8回。社民党名誉党首を務めた。