元衆院議員の宮崎謙介氏は10日、自身のブログを更新。石破茂前首相の地元、鳥取県に対する自身の投稿が「炎上」したことをめぐり、石破氏が9日に自身の発信について「知りもしないで批評をしてはいけない」「誹謗中傷のようなことはやめてもらいたい」などと指摘したことに対し、反論をまじえた私見をつづった。
宮崎氏は9日、一家で鳥取を訪れ、平井伸治知事のと面会したほか、平井知事の案内で「水木しげるロード」などを視察した。ブログには「鳥取県の平井知事のご案内を受け、鳥取県の魅力を発見してきました。ゲゲゲの鬼太郎をコンセプトにシャッター街を復活させた街おこしのストーリーは認識していましたが、百聞は一見にしかず、かなり活気があり、日本でも有数の成功事例であると実感しました。また名探偵コナンの街おこしの取り組みも同様でした。最終視察地の鳥取砂丘の雄大さもやはり凄い迫力でした」と記し、平井知事や職員の対応に「感銘を受けた」として、感謝の意もつづった。今回の訪問は自費で、移動もレンタカーだったとした上で「米子から鳥取まで(西から東まで)の道のりをレンタカーで運転して巡ったのですが、最初に申し上げたこと、指摘したことについては、やはり意見は変わりません。それは、<1>インフラ整備の必要性、<2>鳥取駅前の開発の必要性です」として、批判を受けた自身の投稿内容と考えは変わらないと主張した。
一方、「そんな中で本日、石破茂氏が私に対して『知りもしないで批評をしてはいけない。街なかだけ見て、その地域全体を語ってはいけないし、誹謗中傷のようなことはやめてもらいたい』『地元をよく知らないで地元を傷つけるような言動は、今現職ではないとはいえ、やって良いことだと私は思わない』『ものすごく違和感がある』『メディアで言うからにはそれなりの責任を持って言動を行わなければいけない』と宣ったそうです」と、9日に宮崎氏の発言の感想を問われた石破氏の反応に言及。「だから敢えて申し上げますが、私の真意は地元の方を傷つけるつもりではなく、氏の実積を知りたいというもの」と主張した。
「皆様にも考えていただきたいのは、昭和60年から今日まで、平成の時代に丸々、何も開発計画がなかったと言うことになります」とした上で、鳥取駅前の開発をめぐり「令和6年6月に鳥取駅周辺再生基本計画策定がなされたとのこと」と指摘しながら、「石破氏の当選は昭和61年で38年地元の代議士として務めて来られました。その間に何をしていたのかと思ってしまいます。協議会が昨年立ち上がったそうですが、私がもしも国会議員であったとしたら、もっと早くに『この県の顔を何とかしなければならない』と関係各所に話を持ちかけ、プロジェクトを推進しようとしたでしょう。それも地元の国会議員の仕事だと言えます」と、持論をつづった。
「国会議員の仕事は立法することだけではなく、地元の諸課題を解決することも含まれていたと認識しています。私の発信に違和感がおありならば、私もこの現状に大きな違和感を覚えます」とした上で「石破氏も現職であるならば、コメンテーターのような情報発信ばかりするのではなく、地元や日本全国の地方を変えるために汗をかいてはいかがでしょうか。手始めに、ご自身の強い関心のある防災領域で、先日豪雨災害にあった八丈島に行って現地の様子を見て現地がまだ復興半ばである現状をご覧いただきたいです。長年の議員経験を活かし、復旧させるべく動かれることを期待します」と、記した。
その上で「さて、気を取り直して、これからも私は「もう来るな!」と言われてもまた鳥取を訪問したいと思います。私が感じた鳥取県の魅力は後にブログに書くつもりです。改めて、今回お世話になりました鳥取県民の皆様に心から感謝を申し上げます」と記した。
宮崎氏は1日、「先日、人生で初めて鳥取県に行ってきた。石破茂氏のお膝元。鳥取の皆様には申し訳ないが、鳥取駅前の活気のなさ、インフラ整備がなされてないことから、政治家の力がないことを実感してきたところ。総理を経験されて、さすがに目が覚めたのではないかと思ったのだが」と投稿。これに、石破氏がこの内容に反論する自民党の国光文乃議員の投稿をリポストしたほか、国光氏も「多面的な評価が必要と思います」と、宮崎氏の見解に疑問を表明。平井知事が定例会見で「宮崎謙介さんを鳥取に御招待したい。私が案内してもいいです」と述べていたが、9日に宮崎氏一家の鳥取訪問が実現していた。