石破茂前首相は8日夜、BS-TBS「報道1930」(月~金曜午後7時30分)に生出演。昨年10月1日の首相就任後、衆参予算委員会を開かず、戦後最短となる就任から8日後の衆院解散に踏み切ったことをめぐり「本当は解散したくなかったのでは」と問われ、「それはそうよ。それはそうだ」と、あっさり認めた。
党内の大半が「早期解散論」で、それにあらがえなかったとして、何度も「私の責任」と口にした。
石破氏は、昨年自身が勝利した自民党総裁選での主張を念頭に「この内閣が何をするんだということを予算委員会で丁々発止やって、この内閣はこういうことをやりたいんだという材料を、有権者にお示しした上で(解散を)やるのが筋だよね、ということを言ったんだが、(首相に)なったらば、なんとなんと8日で解散」と、自嘲気味に回顧。「言ったことと、やっていることが違うじゃないかというふうに(有権者に)思われた。それはある意味当然で、信頼をそこから失っていったことは、ざんきに堪えない感じ」と後悔の念を口にした。
番組キャスターの松原耕二氏に「(早期解散は)だれへの配慮だったのか」と問われると、明言は避けつつ「それは(衆院解散前の予算委員会の開催に)賛成した人がいなかったということ」と述べ、「石破人気にあやかろうと思ったかどうかは知らないけれど、予算委員会をやると、何か失言があったら取り返しが付かない。私は、失言とかしない人たちで内閣を構成したつもりですし実際そうだったが、リスクを冒すよりは解散した方がいい、というような判断をする人が、圧倒的多数だった」と、当時の自民党内の空気に触れ、「でも決めたのは自分だから。だれが悪いというつもりはまったくない」と述べた。
論客で知られる石破氏は、予算委での与野党論戦に自信を持っていたとされるが、総裁選で支援を受けた議員らの早期解散論に抵抗できなかった側面があるとみられている。「『らしさ』を出すのは大変だったということか」との質問には、「そんな言い訳をしても仕方ない」としつつ、「『らしさ』を出すためには選挙にきちんと勝つことが必要だったし、これは私の判断が間違っていたと思う」と、早期解散に踏み切った判断について、後悔の念を口にした。
「どんなに反対があっても、きちんと衆参の予算委員会をやるべきだった。これは私の責任です。その信頼が損なわれて議席を失ったことも私の責任です」と繰り返し、「そうなってくると、なかなか選挙に勝てなかった総裁になると、やりたいことはなかなかやれない。党内できちんと部会や総務会、政審を通して党議決定しないと、やりたいことなんてできない。そこで異論続出になれば、野党と話をする前に自民党の中で話が付かないという状況が生まれたことは、私の反省であり、私の責任だ」と、いまさらながらに、反省の言葉を繰り返した。