【衆院選】前田智徳氏は落選も「赤ヘル」ならぬ「オレンジ」で奮闘「あと10カ月やりたかった」

前田智徳氏のインスタグラムから

衆院選熊本2区から参政党公認で立候補していた前田智徳氏(47)は落選したものの、約3万票を集めて2位に入った。12日間の選挙戦を終え、1票を投じてくれた有権者に感謝した。

前田氏は、プロ野球広島カープの名選手だった前田智徳氏(54)と同姓同名、同じ熊本県出身。公示日を前に前田氏の出馬が報じられると、ネットがザワついた。友人から「まえちゃん(愛称)、これ本当なの?」などと、何度も電話が鳴ったという。

当初は前田氏の出身地を把握していない人から「よそから立候補者をあてがって」などの声があったというが「熊本県は地元中の地元です。区域内(熊本2区)に住んでいるので、自分で自分に1票も入れました」と明かした。

8日の投開票日には参政党のイメージカラーであるオレンジ色のジャンパーを着込んで行き、投票場を騒然とさせた。周囲の視線を集める中、「何ら恥じることはない」と胸を張って堂々と自らに1票を入れた。

毎日の街頭演説が手応えに変わっていった。赤ヘルならぬオレンジジャンパーを着込んで毎日声をからすと、日ごとに演説を聞き込む人が増えていったという。「日に日に声援を感じることができました。手前みそですけど、最後の方は自信がありました。あと10カ月ぐらいはやりたかった」と振り返った。

前田氏は土地家屋調査士の事務所代表を務めており、一般人からその場で仕事のオファーをもらったこともあったという。「感謝です」とした上で「取引先の人には、事後で立候補を伝えることになってしまう方もいました。それでも頑張れ!と言われて。そこは本当にありがたかったです」としみじみ語った。

12日間の選挙活動を走りきった。今後は本業を継続。政治活動は未定としつつも「イメージはある。今後、10年、20年後…」と言葉に力を込めた。11日には自身のインスタグラムで「当事者意識の萌芽が いつか、実を結ぶまで」とつづり、参政党の比例票が多かった都道府県の内、熊本県が3位だったことを示す日本地図を添付した。

本家「前田智徳」氏への思いも語った。「お会いしたことはございませんが、もちろん大ファンです」と明かした上で「今回の立候補でご本人に迷惑はかかってないでしょうか」と心配する一面も。「本家」のサインボールと2000本安打記念の焼酎は、2016年の熊本地震での家屋半壊を乗り越え「大事に保管しています」と明かした。

前田氏は熊本市在住で済々黌、熊本大学文学部卒。ニックネームは「まえちゃん」「郷ひろ似」。土地家屋調査士の事務所代表。4人家族で2児の父。主要政策については消費税減税などを掲げていた。

前田氏は中学まで野球を継続。菊池郡の菊陽中軟式野球部出身で、当時のポジションは「5番レフト」。メンバー表交換時には「前田智徳って誰だ?」といつも相手チームから話題にされていたという。

中学の1学年上の先輩が、のちに熊本工から中日ドラゴンズへドラフト1位入りする荒木雅博氏(48)だと明かした。中日一筋でプレーした荒木氏は2045安打をマークし、名球会入り。地元熊本で行われた荒木氏の2000本安打の祝賀会に前田氏が参加した際、席次表にあった「前田智徳」の4文字に荒木氏が驚いていたという。「本家」と勘違いした荒木氏は会場スタッフに席次を前に持っていくことを要求したが、のちに中学の後輩の前田氏と発覚し「なんだ、お前か」となった笑い話も明かした。

広島OBの前田氏は1971年(昭46)6月14日、熊本県生まれ。89年ドラフト4位で広島入団。95年5月の右アキレス腱(けん)断裂を経て、07年に2000安打を達成。13年引退。通算成績は打率3割2厘、2119安打、295本塁打、1112打点。孤高の天才と称された。右投げ左打ち。176センチ、80キロ。