気仙沼大島の“英雄”「ひまわり」ペンキ塗り 東日本大震災から15年 津波の怖さ伝え続ける

大島海友会が行った、小型船「ひまわり」のボディーなどのペンキ塗り

東日本大震災の震災遺構として保存活動をしている小型船「ひまわり」のボディーなどのペンキ塗りが19日、展示をしている宮城県気仙沼市の大島で行われた。

震災直後、孤立した離島で島民唯一の“足”として、本土と島を約8カ月間、無償で往復。その活躍が小6の道徳副読本として採用され、海外でも“被災地の英雄”として報道された。20年8月には菅原進船長(25年に死去)の自宅敷地に移設をして展示。だが屋根や壁のない雨ざらし状態が続き、雨漏りや床、壁の腐食が起こっている。

今回、ひまわり号のピンチに立ち上がったのが、漁師OBらで作る「大島海友会」メンバー5人だ。この日は船底やボディーのペンキ塗りなどを実施。菅原船長の弟・和郎さん(78)もメンバーで、一緒にペンキを塗り、段取りの指示などを行った。

17年に設立した「臨時船『ひまわり』を保存する会」役員で菅原船長の三女・美希恵さん(49)は「地域の協力に感謝しています。震災の記憶を伝えるためにも、ひまわり号を大切に保存していきたい。保存には限界もあるため、行政の協力を得ながら将来につなげていきたい」と話している。

「保存する会」によると、市側に対して、寄贈を前提にして市所有地への移設や管理移行などを要望している。というのは、市側が18年に「島内にある市有地の無償貸与を検討する」と応じていたからだ。今回、市役所にあらためて対応の確認をすると「本年3月に『保存する会』の方々と面会を行いました。引き続き、相談に応じながら協力可能な点・協力が難しい点について慎重に判断してまいります」との返事だった。 震災から15年。「未来を担う子どもたちに津波の怖さを伝えるためにも『ひまわり』を残さないといけない」が口癖だった菅原船長の遺志を継ぐ人たちがいる。【松本久】