<1>15年リアルスティール
14年暮れの新馬戦を3馬身半差で圧勝し、2戦目で共同通信杯に挑んだ。
12頭立ての中団追走から直線で抜け出し、断然人気ドゥラメンテの追い上げを半馬身差でしのいだ。1戦1勝馬による共同通信杯制覇はレース史上初めて。
その後は春の皐月賞、ダービーでドゥラメンテの2、4着、秋の菊花賞ではキタサンブラックの2着に敗れたが、翌16年のドバイターフで待望のG1初制覇。種牡馬となってからはフォーエバーヤングを出した。
<2>24年ジャスティンミラノ
23年11月の東京新馬戦を快勝すると、約3カ月の休養を挟んで共同通信杯に挑戦。10頭立ての好位追走からしぶとく脚を伸ばし、1番人気ジャンタルマンタルに1馬身半差をつけて押し切った。
続く皐月賞も好位から押し切って、デビューから無傷3連勝で戴冠。キャリア2戦馬の皐月賞制覇は前年ソールオリエンスに続く史上2頭目だった。
<3>22年ダノンベルーガ
21年11月の東京新馬戦を2馬身差で快勝。続く共同通信杯は雨中の決戦となったなか、中団の外から末脚を伸ばし、のちの皐月賞馬ジオグリフに1馬身半差でデビュー2連勝を飾った。
結局、勝利はこの2勝に終わったが、23、24年のドバイターフで2、3着と2年連続好走。常に高いレベルで走り続けた。
昨年12月に競走馬登録抹消となり、東京競馬場で乗馬になる予定と発表された。






