生まれ変わっても騎手と調教師に-。今春引退する調教師が語る「明日への伝言」第2回は、栗東・西園正都調教師(70)が思いを伝える。

74年に騎手としてデビューし303勝。調教師としては、タムロチェリーで制した01年阪神JFをはじめ、先週までJRA通算747勝(重賞31勝)。当たり前のことを徹底し、馬に向き合い続けたホースマン人生だった。

【取材・構成=原田竣矢】

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本当に恵まれた競馬人生だったかなと思います。

騎手でデビューして中央で303勝。調教師になって29年で中央だけで約750勝。足して1000勝以上で本当によく勝たせてもらっているなと感じます。

騎手の中で一番の思い出はカブトヤマ記念(85年)をチェリーテスコと勝ったことでした。インターグロリア(※福永洋一騎手で77年桜花賞制覇)や、ノースフライト(※角田晃一騎手で91年安田記念、マイルCS制覇)、サマニベッピン(※土肥幸広騎手で重賞3勝)など、走る新馬(未出走戦含む)にもいっぱい乗せてもらいました。本当にいい馬に乗せてもらいました。

騎手の頃は体も大きくて減量もきつかったです。乗る馬がなくてつらかったこともありましたね。40歳近くになってから、勝ったレースのパトロールを見た時に、自分のイメージ通りに体が動いていないと感じました。そのあたりで次の道を意識しました。

調教師になってからも、高額馬はほとんどいませんでしたが、本当に恵まれたと思いますね。中でもタムロチェリーの阪神JF(01年)は大きかったです。初のG1制覇で大きな自信になりました。タムロチェリーは抽選馬で“ドラフト制度”で選んだ馬でした。くじを引いて馬を選ぶ順番が決まるのですが、僕は後半で選ぶことになり、チェックしていた馬はすでに残っていませんでした。

残った少ない馬の中で、サクラローレルの子と、英ダービー馬セクレトの子がいて、外国の種馬だからこっちにしようと思って(セクレト産駒の)タムロチェリーを選びました。もう1頭は未勝利でしたが、チェリーは小倉2歳Sを取って、阪神JFを勝って。その後は燃え尽きましたが、01年の最優秀2歳牝馬を取りましたからね。

仕事で大切にしていたことは、当たり前のことを当たり前に毎日続けることです。「継続は力なり」と言いますが、人間は弱い生き物だから同じことをやっていてもサボりたくなるものです。なので、馬に乗る前に毎日脚元を触るようにと、従業員への指示は徹底し続けました。当たり前のことを続けることで、馬の変化や異常を見つけることもできるし、体調の変化も敏感に感じることができます。

それと、感謝をしないといい成績を挙げられないと思います。私の競馬人生の結論というか、そういう気持ちで騎手の時からやってきました。師匠の大根田(裕也)先生の教えもあるし、間違っていなかったと思います。子どもたちにもそれを伝えていこうと思います。息子のこともよろしくお願いします。引退してからは翔太(調教師)の馬が出る時は競馬を見て応援したいですね。

苦労もありましたけど、過ぎ去ると楽しい思い出しかないです。夢のような世界でした。この道に入って良かったなって、心の底から思います。また生まれ変わることができたら、騎手をやって調教師をやりたいですね。

◆西園正都(にしぞの・まさと)1955年(昭30)12月29日、鹿児島県生まれ。74年に栗東・大根田裕也厩舎で騎手デビューし、JRA通算3875戦303勝を挙げた。97年に調教師試験に合格し、同年に騎手を引退。98年に開業。99年阪神ジャンプS(ヒサコーボンバー)で重賞初制覇。G1は01年阪神JF(タムロチェリー)が初制覇で、他に10年マイルCSをエーシンフォワードで、12年マイルCSをサダムパテックで、18年ヴィクトリアMをジュールポレールで制して計4勝。JRA通算8828戦747勝、重賞31勝(26日現在)。