蛯名正義調教師(53)に亡くなられた伊藤雄二さんの思い出を聞いた。「やっぱり、エアエミネムです。強かったです。本当に。ダービー馬のジャングルポケットに勝ったから」。栗東の名伯楽から依頼を受け、初コンビを組んだのが01年の札幌記念。駒草賞、巴賞を制し、重賞初挑戦だったエアエミネムは2番人気の評価を受け、蛯名正義騎手とのコンビでダービー馬ジャングルポケットを破った。「本当に強い馬だった。2000メートルの距離もベストだったと思う」。03年には金鯱賞3着、函館記念1着、札幌記念2着、ラストランのオールカマー1着。大事に使われながら、中距離戦線で確かな存在感を放った1頭だった。
伊藤雄二さんがよく使っていた言葉をかみしめている。「先生はよく『薄皮一枚分、余裕を持たせてある』という表現をされていたんだけど、本当にそうだった。『薄皮一枚分…』と言われていた馬に乗って、次に乗ったときは本当にその一枚を剥いでくる仕上げをしてくる。すごかったなあ、と当時も思ったけど、今、調教師になってあらためて思います」。関西所属の調教師と関東所属のジョッキー。その多くは北海道での思い出になるが、「いろいろな話をさせてもらったし、先生はグルメでした」と懐かしんだ。
エアエミネムが札幌記念を快勝した01年夏の札幌はもう一つの大きな出会いもあった。「エアエミネムはものすごく強かった。ただ、菊花賞には乗ることができなかった。他に乗る馬が決まっていたから」。3歳夏の札幌記念でダービー馬を破ったエアエミネムよりも、先に菊花賞の騎乗を約束していた馬、心に決めていた馬がいた。「先約があるので菊花賞は乗れませんと伝えると、先生も『何、そんなに走る馬がいるんですか?』と驚いていました。それがマンハッタンカフェだった」。当時のマンハッタンカフェは札幌記念の2週前に富良野特別(1勝クラス)を制したばかり(札幌記念翌週の阿寒湖特別で3勝目を挙げ、秋には菊花賞、有馬記念を制した)。蛯名正義騎手の代表馬の1頭、そのすごさもあらためて知ることができた。
今年3月に開業した蛯名正厩舎は先週札幌でインスタキングが新馬戦を制し、4勝目。徐々にエンジンがかかってきたように見える。今週は自身がジョッキー時代に10年牝馬3冠などG1・5勝を挙げたアパパネの子アスパルディーコ(牝、父ブラックタイド)を送り出す。火曜朝の美浦トレセン、坂路下の運動場にはすべての管理馬の状態を丁寧に確かめ、厩舎スタッフと会話するトレーナーの姿があった。「薄皮一枚分…」、そんなきめ細やかな仕上げで蛯名正厩舎がビッグレースを勝つ日を、多くのファンも楽しみにしているはずだ。【木南友輔】