<有馬記念>◇2003年12月28日=中山◇G1◇芝2500メートル◇3歳上◇出走12頭
シンボリクリスエスがグランプリ連覇で有終の美を飾った。単勝2・6倍の1番人気の支持に応えるべく直線鮮やかに抜け出し、有馬記念史上最大の9馬身差、2分30秒5のレコードで最強馬の実力を見せつけた。連覇は史上4頭目、オリビエ・ペリエ騎手(30)は外国人騎手として初めての連覇。2着は武豊騎乗のリンカーンが入った。史上最も遅い開催日の有馬記念は516億円を売り上げ、6年連続の減少に歯止めをかけた。
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12万4000人大観衆の声援を背に、シンボリクリスエスが空を飛んだ。引退へのビクトリーロード、310メートルの直線をたった1頭で駆け抜けた。遠ざかる漆黒の馬体をライバルたちはただ見送るだけ。史上に残る独走劇。高まる思いを抑えきれずに、ペリエはゴール手前で左手を突き上げた。「ウォー」。何度も勝利の雄たけびを上げた。
電光掲示板に浮かんだ2分30秒5のタイム。間髪いれず点灯した赤いレコードの文字に、満員のスタンドが揺れた。一瞬の沈黙の後、また揺れた。2着との着差を示す位置には「9」が浮かんだ。91年(平3)ダイユウサクの2分30秒6を上回るレースレコード。67年カブトシローの6馬身差を超える最大着差。天皇賞(秋)と有馬記念のダブル連覇も史上初。「ワンダフル」とペリエも驚いた。今年最後のサプライズは、クリスエスが見せた圧倒的な強さ。
引退の花道を飾る感動のラストラン。ハッピーエンドストーリーは、どん底に突き落とされた11月30日に始まった。JCで1番人気を裏切る3着敗戦。タップダンスシチーにつけられた差は9馬身3/4。「着順、今度はチェンジね」。失意に沈んだ東京競馬場の検量室で、ペリエは静かにリベンジを宣言した。リーディングトレーナーの藤沢和雄師(52)が執念の仕上げを見せた。「最後の競馬。いい結果が出るように強めに調教をした」。2週連続で7ハロンからの3頭併せを敢行。調教では馬に大きな負荷をかけない藤沢和きゅう舎にしては異例のことだった。
思いは実った。パドックを堂々と行進する愛馬の姿に、トレーナーは「やる気十分。とてもたくましく見える」と目を細めた。前走比マイナス2キロ。シャープな体ライン、ギュッと締まった筋肉、すべてが違って見えた。またがった瞬間、ペリエは分かった。「ジャパンCと比べて本当に別馬のようだ」。不安が去り、頭の中は研ぎ澄まされた。変幻自在のタップダンスの逃げに対抗するために、ペース判断を誤らない200勝ジョッキーを誘導に使う。「道中は武(リンカーン)を見ながらの競馬をした。イージートラベルだった」。4コーナーで迷わず仕掛けたのも、愛馬の出来に自信があるからだった。
引退レースが一番強かった。来春からの種牡馬生活に、また1つはくを付けた。「今日もまた空を飛んでくれた」。ペリエはニッコリと笑った。「牧場へ帰る馬としては最高のパフォーマンスだね」。トレーナーも笑った。藤沢和きゅう舎のスタッフジャンパーに書かれた言葉。『happy people make happy horses』(幸せな人が幸せな馬を育てる)。2003年最後に最高の笑顔を見せたのは、1年前と同じ2人の顔だった。【鈴木良一】
◆シンボリクリスエス▽父 クリスエス▽母テイーケイ(ゴールドマリデイアン)▽牡4▽馬主 シンボリ牧場▽調教師 藤沢和雄(美浦)▽生産者 T・ワダ(米国)▽戦績 15戦8勝▽総収得賞金 9億8472万4000円▽主な勝ちクラ 02年青葉賞(G2)02年神戸新聞杯(G2)02年天皇賞・秋(G1)02年有馬記念(G1)03年天皇賞・秋(G1)
(2003年12月29日付 日刊スポーツ紙面より)※表記は当時