<悼む>
05年有馬記念、06年ドバイシーマクラシックなどを制し、05年のJRA最優秀4歳以上牡馬を受賞したハーツクライ(牡22)が9日に起立不能となり死んだ。当時のハーツ担当、岡本光男記者が悼む。
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栗東の坂路小屋からは、坂路馬場のスタート地点へ向かって下っていく馬の姿が見える。がに股で歩いていく鹿毛を見て、橋口弘次郎元調教師が「威張って歩いているように見える。うちの小林旭だよ」と笑っていたのを思い出す。走りだしても両前脚は開いたままだったが、スピードを増すごとに真っすぐになり、最後は飛ぶような走りになった。記者はなんとも格好のいい馬だなと思っていた。それがハーツクライだった。
同馬が4歳だった05年の夏、橋口元師から「すごく成長している。馬って、こんなに良くなるものかと思ったよ」と聞いた。3歳春のダービーではキングカメハメハの2着だったものの、まだ多分に幼さを残していたハーツクライは、このタイミングで本格化した。先行策からディープインパクトの追い上げを抑えたのは、この年の有馬記念だった。記者は単勝1710円の馬券を手に半泣きになっていた。
翌年7月にイギリスの“キングジョージ”に同行させてもらったのは、大きな思い出となっている。直線に向いた時は「勝った」と思ったが、後半は延々と坂を上り続けるアスコットの馬場に苦しみ、3着に終わった。レースの翌日、橋口元師の歌謡子夫人から「岡本さんとMさんはレースの後、泣きそうな顔をしていましたよ」と言われた。記者人生の中でも、もっとも感傷的にさせてくれた馬だった。
今、記者のノートパソコンの壁紙には、英ニューマーケットの丘にたたずむハーツクライの姿がある。【中央競馬担当・岡本光男】